ハニーチ



高1の彼の席替え



「じゃあ、順番に引いてけ。東峰」


高1の秋、このクラスではじめての席替えがあった。

出席番号順のため、真っ先にくじを引き終えると、幾分か気持ちが落ちついた。

どこの席になるかって、けっこう重要だ。

引き当てた席は、窓際の1番後ろ。
これなら何の問題もない。自分の後ろに女子でも座ったらきっと黒板が見えない。その心配がなくなった。

黒板に自分の苗字を書き終える。

そうだ、安心するのはまだ早い。自分の隣が決まっていなかった。

誰が来るか、心配と不安でいっぱいになるが、ほんのちょっとだけ、誰がとなりに来るんだろうという期待もあった。

先生は残りのくじをクラス委員に任せて、教室の外に出ていった。

今くじを引いたばかりの同級生は、自分の席を確認するなり天井を仰いだ。


「あーーー終わった。東峰、席、交換してくれ」

「どこだったんだ?」

「1番前」

「!やだよ、俺が前に座ったら後ろに迷惑かかるだろ。先生も交換するなって言ってたし」

「今なら担任いないし、ちょちょっとさ……」


「うっわ、最悪」


会話を止めるには十分な声量だった。

彼女の声ははっきりとしていたし、元々目を引く容姿だった。
そんな彼女は、今引き当てたくじを握りしめたまま、眉間にしわを寄せていた。

彼女の手にあった席番号は、自分からよく見えた。

俺の、となりだ。

と、いうことは、彼女はせっかく一番後ろの席という好条件にも関わらず、自分がとなりのせいでこんなにもショックを受けているということだろう。

まさか、反対側の席のやつが嫌だとか?
いや、そっちはまだ誰の名前も入ってない。やっぱりこの嫌そうな原因は、俺ってこと……


「さといちゃん、さといちゃん」


今度の声はさっきと違って、か細かった。

彼女の手にも同じわら半紙のくじがある。


「あの、交換する?」

「いいの!?」

「この席だったし、よかったら……」

「どこ? ……全然いい!いいの!?」

「う、うん、私はどこでも……」

「ありがとー!!」


打って変わって明るい表情の佐戸井は、即座に自分の名前を黒板に書いた。

隣にいた友達が、俺のとなり!!と小声ながらも嬉しそうにつぶやいたのが聞こえた。

いきなり肩を掴まれた。


「な、なんだよ?」

「東峰、やっぱり席交換なしなっ、佐戸井のとなり!」

「い、いいって。もともと交換するつもりなかったし、俺はこの席で……」


白いチョークで枠線だけ書かれていたとなりの席は、という名前が丁寧に綴られていった。

自分の席に戻ろうとしていたと目が合った。

佐戸井のように嫌がられたりはしないか。

いっしゅん身構えたけど、はすぐ笑みを浮かべた。


「東峰くん、これから、よろしく」

「う、うん、よろしく、……さん」


それだけで、さっきの嫌がられようが吹っ飛ぶ気がした。











「いやーー佐戸井が隣なら席替え万々歳だっ。お近づきになるチャンスっ!」

「のわりに無視されてたけどな」

「東峰っ! 話しかけるチャンスがあるだけマシだろ!!
どの部活だって佐戸井がマネージャーになってくんないかなーって狙ってんだぞ!

あ、バレー部は清水を手中にいれたから興味ないんだろうが」

「手中って……」


たまたま声をかけたら入ってくれただけで、自分たちと清水との間に特別な何かがある訳でもない。


「清水は別格にしたってさ、佐戸井は可愛い! あの顔なら無視されたってお釣り来る!だろっ!?」

「あー、まあ確かにな」


相槌を打ちながらも、無視されたら嫌だし、あの席替えの時の目つきを思い出すだけで背筋が冷たくなった。


「それに、佐戸井は胸があるっ」

「おま、そういうの大きい声で言うなよ、ここ中庭だぞ?」

「こんな寒い日の昼休みにわざわざここ来るかよ。東峰だって興味あるだろ!」

「お、俺は別に!」

「特別に袋とじを見せてやるって!」

「いいって!!どっかで誰かに見られたら……」


そう言った矢先に、草陰から音がして、二人して身構えたら、すぐに正体がわかった。


「な、なんだよ、猫か」

「可愛いなあ、この辺にいるやつだよな」

「東峰、その図体で腑抜けた顔すんな」

「か、関係ないだろ、図体は! せっかくすり寄って来てくれ、たんだし」


撫でようとしゃがんでみると、その猫は自分の口元をぺろりと舐めていた。

白っぽい液体、それはまるで牛乳をついさっきまで飲んでいたかのような。


「おー、この猫、人懐っこいなー、どした、東峰?」

「……教室、戻るぞ」

「なんだよ急に」

「ほらほら、早くっ」

「お、おいっ、引っ張んなっ!」


同級生の首根っこを掴んで昇降口を目指す。

あの植込みの向こう、立ち上がったらよく見えた。

牛乳パックを両手に持ったが、一生懸命、身体を縮めていた。















席替えをしたからって、すぐとなりの席の人と仲良くなれるわけではない。

まして、さっきの昼休みの出来事があっての掃除当番、しかも二人で廊下担当、よりにもよってなんで今日なんだ。

気まずくて、と自分とで廊下をさらに半分にして分担した。

は、ちりとりと小箒を使い、ゴミをせっせと集めている。

距離を置いて廊下をひとしきり掃きながら、これからどうしたものかと考え込んでしまう。

とこれから隣の席として上手くやっていけるのか。
さっきのあんなのをよりにもよって女子に聞かれたら……、は佐戸井と仲がいいみたいだし、袋とじがどうのって絶対気持ち悪がられてるよな。


「東峰くん」

「うわあっ!!」

「えぇ!!」


真ん前にがいたから、つい大きな声が出てしまうと、の方も驚きの声を上げた。


「……わ、悪い、びっくりして」

「私も、そのごめん。おっきな声出しちゃって」

「な、なんかあった?」

「あの、こっち側は綺麗になったから」

「あ、あと、俺の方か!すぐやるよ!」

「そ、そんな焦らなくてもいいよっ!!」

「っ!!」


たまたまだった。ほこりが舞い上がった。も口元を押さえた。

俺の、せいだ。


「ごめん、いま窓開けるっ!」

「あ、窓は!!」



換気しよう、

そう思って窓を開けると、冬の木枯らしが廊下を一気に吹き抜ける。

塵ゴミが、掃除する前のように再び散らばった。

がせっかく集めたゴミが、ぜんぶ。


「……」

「……」


沈黙の後、二人して廊下を見回し、そして。


「ご、ごめん、ほんっとうに本当にごめん!!」

「いや、ううん、なんか、マンガみたいだったね」

「こ……こんな、全部吹っ飛ばされるなんて思いもしなくて、空気を、その入れ替えようと思ったんだ、わざとじゃなくて」

「うん、すごかった、ね」


が今度は笑いをがまんしようと口元を押さえるから、自分が原因にもかかわらずつられて笑ってしまった。



「廊下終わったー? って全然終わってないじゃん!寒っ!!」

「ご、ごめん、すぐやるっ」

「ごめん、俺が窓開けたから」

「わ、私閉めるよっ」

「お、俺がっ」


「どっちでもいいから早くねー、教室、後は机だけだよ」

「「わ、わかった!!」」



教室の中から机や椅子を動かす音が聞こえてくる。

早く廊下の掃除を終わらせよう。廊下の分担なんて言ってられなかった。

二人で集中して掃除をし出すと、さっきよりずっと簡単にゴミはまとめられた。


さん、これで全部だ」

「ありがと、これでいいね」

「だな」


さっきよりずっと手早く掃除が終わった廊下は、どこか清々しい空気が通り抜けていた。


、掃除当番なんだ。がんばれー」

「結はバレー部だ。がんばってー」

「おーっ!」


違うクラスの女子に手を振るが、こっちの視線に気づいた。


「同じ中学の子」

「へー」

「けっこういるんだよ、東峰くんもいる?」

「ああ、同じクラスなら、「旭」


同じバレー部の澤村大地は、もう部活に行ける準備が整っていた。

手に箒を持っているのを見て、大地は言った。



「まだ行けないか」

「もう終わったからすぐ行くよ。スガは?」

「スガは今日委員会があるから遅れるって」

「そっか」

「しかし、もこのクラスだったのか」


その口ぶりから、大地とを見比べた。


「同じ中学で、3年間同じクラスだったの」

「そうなんだ。じゃあ、佐戸井も?」


名前を出してしまってから、さっきの昼休みのことがよぎって言わなきゃよかったと後悔したが、のほうは気にするそぶりはなかった。


「そうだよ、さといちゃんもずっと同じクラスで」

「そっか、佐戸井もこのクラスか」


「それがなに?」


本人、キタ!!


密かにびくついていると、佐戸井は俺にも大地にも目もくれずに、の方を見た。


、行こうよ」

「あ、でもまだゴミ捨てじゃんけん……」


「廊下の二人、遅いからもうゴミ当番決めちゃったよー」


とっくに掃除を終わらせた班の人たちの一人が笑って教室から顔を出した。
二人して謝ると、明日は二人でじゃんけんだねと言われて頷いた。

佐戸井に促されるまま、はちりとりを掃除箱に閉まって、すぐ教室を出た。
同じく掃除道具を片付けて、荷物を手にする。

教室の出口で待っててくれた大地のところに急いだ。


「悪い、待たせたっ」

「相変わらずだな、アイツ」

「あいつ?」

「佐戸井だよ。といる時はわりと雰囲気いいんだけどな」


体育館に向かいながら、と話していた彼女の笑顔とその変容ぶりを思い浮かべた。

同時に、彼女の視線の先にいたのことも。



end.