高1の彼のクリスマス前まで
「おはよー、東峰くん」
俺はすごく単純だった。
次の日も、その次の日も、隣の席のは明るく笑って声をかけてくれる。
この挨拶を聞くたびに朝が一段と待ち遠しいものになっていた。
「おはよう、」
「今日も朝練してたんだね」
「あー、まあ」
「すごいねー」
「すごくはないよ」
「私なら起きらんない。まず布団から出れない、寒すぎて」
「寒いよなあ。俺だって布団からなかなか出られないよ」
「どうやって起きてるの?」
「どうって……、起きないと先輩にどやされるって想像すると嫌でも起きれるよ」
「イメトレってやつか!」
「イメトレ、なのか……?」
は、話を重ねていくごとにどんどんとイメージが変わっていった。
はじめて隣になった時は、大人しそうでかわいい、と思ったけど、話してみればどこかしゃべりやすかった。
気づけば女子の中で1番話していた。大地と同じ中学だったって言うのもある。
話しかける回数も、話しかけられる回数も、時が流れるにつれてどんどん増えていった。
「さーわ、むらっ!」
「おー、、どうした?」
「一瞬だけ、二人に割り込んでいいでしょうか?」
「いいぞ、もう割り込んでるしな」
「そう言われたらそうだ。 ではっ、東峰くん、日誌のところに一言もらっていい?」
「あれ、俺、書いてなかった?」
「ごめん、フリクションだったから、今日の日直の人が消しちゃったみたいで」
「ああ、いいよ。同じの書けばいいんだよな?」
「そう」
「旭、覚えてるのか?」
「大地、さすがに昨日のことくらい覚えてる」
何て書こうか悩みに悩んで、と話しながら決めたから、はっきりと内容は……
あれ、でも。
「が代わりに書いてくれてもよかったのに、痛ッ!」
「悪い、わざとじゃない」
大地に踏まれた上履きの先が少し汚れていた。
「じゃあ、お邪魔しました!またねっ」
明るくが去っていったのと反対に、なぜか大地が腕を組んでこっちを凝視していた。
「な、なんだよっ」
「お待たせー腹減ったー、二人とも何やってんだよ」
「スガっ、大地が急に……」
「まずは飯だな。食堂行くぞ」
「だべっ、旭もなにぼんやりしてんだよ、行くぞー」
「……」
バレー部の話し合いを兼ねて今日は昼を一緒に食べることになっていた。
部活の方はおおむね話したかったことは話せたし、決めるべきこともまとまった。
途中、清水も来て、すべて上手くいった。
その流れでスガが言った。
「そういえばさ、今度のクリスマス会って行く?」
クラスをまたがって同じ学年同士で親睦を深めよう、といった企画で、色んなクラスのやつに声がかかっていた。
なんでもボーリングをするらしい。
「どうしようかなあ」
部活もない日だったし、行けなくもない。
いつもは部活優先で、クラスの集まりもろくに出てないから、少しは参加した方がいい気もする。
「私は行かない」
「清水はもともと用事あったもんな。大地は?」
「俺もその日は」
「なんだ、みんな参加しないのか。旭は?」
「俺は迷ってて」
「行けんなら行ったら?」
「スガは?」
「別の用事が入りそうで様子見中」
「だったら俺も……」
「そーいえば、は行くって言ってたな」
大地がそう呟くとこっちを見てきた。
なんで、ここでの名前が出てくるんだ。
「な、なんだよ!」
「そっちこそなんだ、ビクビクして」
「大地がなんか言いたそうだったからっ、なんかあるのか?」
「何にもない、人聞き悪いな。 そういや、スガ、そのボーリングってなんか企画あっただろ?」
「大地も知ってたんだ。他のクラスのやつが企画してさ、男女ペアのチーム制にして上手いことデートでも……、旭っ!」
「わ、悪いっ」
「東峰、これ」
「俺もティッシュある」
「スガも清水もサンキュ」
なんで、こんな動揺してんだ。
なぜかが他の男子と楽しそうにボーリングする姿を想像してしまった。
さいわい全部食べ終えていたから、コップの中の残った水がお盆の中で広がるだけで済んでよかった。
食器を片付ける時に、スガが言った。
「プレゼント交換もやるっつってたけど、男女で交換ってのもなー」
「そんなのもあるのか」
「ペアになった同士で交換だってクラスのやつが言ってた。でも、もらい手のわかんないプレゼント用意すんのも難しいよな」
「たしかに……」
もし、贈り物をするなら、相手の喜んでくれる顔を想像して用意したい。
「そちら、現品限りですよ」
「え、あっ、はいっ!」
「他の色もありますので、ぜひゆっくりご覧になってください」
穏やかな笑みを浮かべた店員さんは、すーっと静かに他の商品棚に移っていった。
ふと気づくと雑貨屋さんは女性客が増えていて、慌てて商品を戻してその場を離れた。
結局、クリスマスの集まりには参加することにしたから、今ここを離れてもどこかで何かプレゼントを買わないといけない。
それも、女子にあげるプレゼントだ。
今までそんなの用意したことがない。
とりあえず女子っぽい店に来てみたが、最初の店は女子にひそひそ話をされて怖くなって逃げ、その次の店は近づいた途端、他の客がいなくなったからお店に悪いと思って去り、最後の店は店員さんがなんとなく怖かった。
どこで買おう。何を買おう。
クラスの女子で仲がいいって言えるのはくらいだし、にもしプレゼントするなら何を喜んでもらえるかを考えて探していた。
が、喜びそうなもの……
猫とかうさぎ、好きって言ってたよなあ…… 好きな色は、えぇっと、筆箱は……いやっ、別にのことがどうって訳じゃない。
自分の中で一番イメージしやすい女の子が、その、たまたま隣の席のなだけだ。
ただ、でも、そういうのって気持ち悪がられるかな。
女子ってすぐ噂するし、そもそもクリスマス会に参加するのはだけじゃない。
……やっぱり、今からでも欠席にしたほうがいいんじゃ。
「澤村のそのセンス、すごいね」
この声は、……と、大地だ。
「そうか? 俺はいいと思うけどな」
「それだけはないと思う。せめてこっちかな」
「それこそないな」
「えーー」
二人はさっきの女の子向けの雑貨屋となりにある、変わった品揃えのお店の前にいた。
何かを手にして話し合っている。
そのうち、違う商品をそれぞれ持って笑いあっていた。
なんとなく、その、楽しそうだ。
同じ中学で3年間同じクラス、今は違うクラスでも、よく話してる。
そういえば、から話しかけてくるのは大地といるときの方が多い、ような。てっきり自分と仲がいいと思ってたけど、もしかしては……
「あっ!」
み、見つかった。
「さといちゃんだっ。どうしたの?」
佐戸井?
が真っ直ぐ向かっていった先には、確かに同じクラスの彼女の姿があった。
まずい、大地がこっちに来る。もっと離れたところに行こう。
声は聞こえないけど、ここからでも3人の姿は見えた。
そっか、大地もも佐戸井も同じ中学だから、仲がいいのか。
なんだか急に自分だけとの距離を感じた。
もしかして自分は隣の席で話していただけなくせに、勝手に一人で盛り上がっていたんじゃないか。
が話すのだって大地と同じ部活で話しやすいってだけで、よくよく考えてみればはわりと誰とでも仲がいい
俺だけひとり勘違いして……
……もう、帰ろう。
「うわッ!!」
「なんだよ、そんな大声出して」
目の前にいきなり大地が出てくれば、誰だってこうなる。
きょろきょろと辺りを見回しても達の姿はなかった。
「なに探してんだ?」
「い、いや、なんでもない」
「なら佐戸井と二人で回るって違うフロアに行ったぞ」
「そ、そっか……」
「気になるならさっさと声かければよかっただろ」
「か、かけられないよ、と大地、仲よさそうだったし」
ん?
「大地、俺がいたの気づいてたのか?」
「隠れたつもりだったろうが、商品の間からその鞄とコートがはみ出てたぞ」
自分の荷物をつい確認してしまった。
はあー、とため息が聞こえたが、やっぱり向かいにいる大地のものだった。
「で? そっちの用事は済んだのか?」
「用事って?」
「今度のクリスマスのヤツ、買いに来たんだろ?」
「あ……、まあ」
でも、大地がといたなら、今更プレゼントを用意しなくても、という気がしてくる。
「どうした?」
「いや、やっぱり、欠席しようと思ってて」
「なんだ、急に」
「し、知ってるやつあんまりいないからさ」
「……俺も参加しようかなー」
「大地が!? な、なんでだよ、用事は?」
「も今日プレゼント買うから、誰が受け取るかちょっと興味はある」
「……」
「佐戸井もどういう風の吹き回しか知らないけど参加するって言ってたし、参加する男子増えるんじゃないか?」
「……、……」
「俺はクリスマスプレゼント買って行こうと思うが、旭はどうする?」
「……行く」
「ああ、欠席するならプレゼントはいらないのか。悪かったな」
「い、行くって今言っただろっ」
声が大きくなったけど、このフロアーにがいないなら気にならなかった。
end.