ハニーチ



高1の彼女のクリスマス




今日は、クラスをまたがった合同のクリスマスボウリング大会だった。

当初は男女ペアになってボウリング、のはずだったのに、佐戸井ちゃんの参加がうわさで広まったせいか、男子の参加者が急増したらしい。

想定していたチーム分けもできなくなって、適当にグループになれ!と主催者の雑な指令により、なぜか同じクラスのメンバーでボウリングすることになった。

合同の意味はないけど、佐戸井ちゃんと東峰くんともう一人の男子は同じクラスだから気にならなかった。



の番だよ」

「あ、うん」


友達に言われて、自分のボウリングの球を手にした。

実はボウリングってあんまりやったことがない。適当に選んできたボールは色で選んだ。しかもかなり重い。


よーし、と気合を入れたものの、力を入れきる前にボールは手を離れた。

球は、見事にレーンの脇へと消えた。
つまり、ガーターだ。


、ドンマイ!」

「せめて一本は倒したかったよ……!」


自分の球が戻ってくるのを待つ。

10本きれいに揃ったままのピンを観察したものの、ストライクを出す名案など浮かばなかった。

今度は両手で転がしてやろうか。


の選んだ球、重すぎたんじゃないか?」


東峰くんがそう言って、向こうの棚にあったボウリングの球を持ってきてくれた。


「こっち使ってみなよ、の手だとこれくらいの方がいいかもしれない」

「あ、ありがとっ」


東峰くんが持ってきてくれた球は、さっき使った自分のよりずいぶんと軽くて持ち上げやすかった。


「あ、でも自分で選んだ球の方がしっくりくるなら無理しなくても……っ」

「ううん、これでやってみる。 いきますっ」


一呼吸おいてから、向こうに見えるターゲットの正面に立つ。

腕は真っ直ぐ、まっすぐ、振り下ろす。


さっきすっぽ抜けたボールは、変な落ち方もせずに転がっていく。

いけ、


いけっ。



「やった! はしっこ残ったけど倒れたっ」


、やったね!」

「やったよっ! 東峰くん、ありがとっ!」

、俺とも俺ともっ!」

「うん、次がんばれっ」

「まっかせろ!」


全員と両手を合わせてから、自分のスコアが追加されたことを確認する。

よかった、これで0点回避だ。

ふと隣で明るい音楽が流れて盛り上がる。隣のレーンでストライクが出ていたから、身を乗り出した。


「結ーー、ストライクおめでとー!」

「ありがとうー、は、あ、9本じゃん、やったね!」

「佐戸井ちゃんはストライクだよ?」

「すごいすごい、うわ、またストライク。このチーム、いい線いきそうだね」


まさか佐戸井ちゃんの隣の席の彼もストライクを出すとは思わなかった。

男嫌いの佐戸井ちゃんは彼からのスキンシップを華麗に無視したから、かわいそうなのもあって率先して手を合わせた。
やけになったのか、東峰くんには何回も両手をバチバチぶつけていた。

その行為にビックリしている東峰くんの顔、面白い。

じっと観察していたら、東峰くんと目が合ってしまった。見つめてたら変に思われるかも。

逸らそうとするより先に東峰くんが言った。


もプレッシャーかけてるのか?」

「プレッシャー?」

「聞いてなかったか? 今日一番スコアーがよかったチームに遊園地のチケットだからがんばれって」

「え、チケットいいな!!」


こないだリニューアルした遊園地は、新しいアトラクションも増えたと聞いている。
密かに行ってみたいと思っていた。


「あ、は、そういうのすきなんだ」

「うん、出来ることなら行きたいけどチケット高くて……」


東峰くんが奮起したのか、よし、と呟いた。

同じく拳を握って奮起する。


「東峰くん、がんばれ!遊園地だっ」

「そ、そういう風に言われるとまた緊張してくるな……」

「深呼吸だよ、深呼吸っ」


あ、ほんとに顔色が悪いような。


「大丈夫、私がガーターだしてるから結果は気にせずに!」

「あ、ありがと。がんばってみるよ」


よろよろと立ち位置に着く東峰くんはしばらく止まってから、大きく腕を振ってボールを転がした。

私が投げた時とボールの速さが違う。

少しずれたかと思った球はきちんと1本目にぶつかって、軽快な音とともに全部のピンをなぎ倒していった。


「すっ……ごい」


振り返った東峰くんは、少しだけ顔色が悪く見えたけど、うれしそうに顔をほころばせたから、なんだか自分も嬉しくなった。

なんだろ、この、感じ。


のおかげだな」

「応援きいた!?」

「ああ、そのおかげでストライク出せたよ」


本当は、東峰くんのパワーがすごすぎるだけだけど、そう笑ってくれたから、本当に私の応援が力になってたらいい。













ボウリング大会も終わるころ、いち早く全員投げ終えた私たちは待ち時間になった。

喉が渇いたので自販機の前でお茶を飲んでいると、佐戸井ちゃんの隣の席の彼がやってきた。

今日チームを組んだのも、彼が率先して声をかけてきてくれたからだ。遊園地のチケットがもし取れたら4人で行こうだって。
あんまり話したことはなかったけど、明るい人だなと思う。



「なー、、ちょっと相談」

「なに?」

「ボウリングの後、どっか行かない?用事ある?」


佐戸井ちゃんが本屋さんに寄りたいって言っていたから、それに付いていこうかとも思っていた。

本当はこの近くでやっているプチ水族館の催しをやっているからちょっと興味はあったけど、彼女は動物だけじゃなく生き物全般興味ないから、きっと行かないだろう。

そう話すと、彼が瞳を輝かせた。


「なあっ、俺が佐戸井と本屋行くからさ、は東峰とそれ行けばいいんじゃないかっ!?」

「え、なんで」

「なんでって……ほら、東峰ってああ見えて魚好きだからさ」

「そうなの?」


聞いたことなかったけど、こないだ中庭の猫に話しかけていた姿を思い出す。

人は見かけによらないものだ。


「でも、佐戸井ちゃんは男子と二人で行かないと思うよ」


今日だってなんでこんな男女合同のイベントに参加したかわからなかった。
少なくとも中学の時なら絶対参加しない。


「いいって、と東峰が違うところ行ってくれたらあとはこっちで何とかするから」

「うーーん……」

「頼むよ。もさ、佐戸井にべったりされて困んない?」


べったりされて、困る。

考えたこともなかった。


「前から思ってたけど、二人っていつも一緒じゃん。佐戸井のためにもよくないと思うんだよ、慣れって大事だと思うしさ」


ここまで言葉がスラスラ出てくるのはすごい。

佐戸井ちゃんと話したくて仕方ないんだな、とか、確かに佐戸井ちゃんは私以外とも話した方がいいかもな、だとか、話を聞き流しながらも説得されかけてしまった。


「なーー、、この通りだってっ。俺にチャンスをくれっ」

「そう言われても……」

「じゃさ、せめてプレゼント交換でさっ!」

「ごめん、もう戻る」

「ま、待って、もうちょっとだけ!!」


や、

 だ。


ペットボトルを持ってない方の手首、つかまれた。


いくら私がその他大勢だからって触られるのはごめんだ。



「おい!」


奥のレーンにいたおじさんの一人が話しかけてきたのかと思った。

東峰くんだった。


ズン、ズンと流石の迫力で近づいてきたかと思えば、私の手を握る彼の腕をつかんで、放してくれた。



「わ、わるかった、「、ごめんな」

「あ、いや」


東峰くんが謝ることじゃない。

そう言いたかったけど、この状況にビックリしていて言葉にできなかった。

東峰くんが続けた。


「こいつ悪いやつじゃないんだけど、調子よすぎるんだ」

「オイ、東峰!!」

「ほら、あっち行くぞ」

「痛いって、おまッ、俺はと話が!「向こうで聞いてやる」

「わかったって!」


ズン、ズン、ズン、男子トイレの方かな、奥のロッカールームかな、わかんないけど、東峰くんがあの男子を連れてってくれた。

た、助かった。

なんていうか、その、怖かった。

早く自分たちのレーンに戻らなきゃと思うのに気持ちが落ち着かず、見知った相手が見えて、つい駆け寄った。


「さっ澤村!」

「どうした、

「澤村がっ、救世主に見えるっ」

「なんだそりゃ」


呆れていてもいつもと同じ澤村に、今起こったことを話すと、顔が渋くなったり感心したりころころ変わって面白かった。


「おもしろいってなんだ」

「澤村の表情がね」

「それより、そいつと佐戸井は一緒にさせないほうがいいぞ。絶対合わないからな」

「だよねっ、そうする」


ただでさえ男子を嫌っているのに、これ以上不快感を募らせたらそれこそ学校生活に支障が出てしまう。


「まあ、一理はあるけどな」

「一理?」

「佐戸井だよ、にべったりだとは俺も思う」


まさか澤村にまで言われるなんて。


「……そんな、悪いことなのかな」


この世の中には男子と女子がいて、ずっと男子を遠ざけてられないかもしれない。

それでも、佐戸井ちゃんはいま好きな人がいて、男子の中でも例外的に話せる人がいるんだから、それでいいんじゃないか。

私だって、別に困ってるわけじゃない。

そりゃ、男子としゃべらないで、とまで言われたら困るけど、そんなことはないんだし。

澤村が腕を組んでこっちを見ていた。


「な、なんですか、お父さん」

「誰がお父さんだ」

「昔ながらの親父さんって風格があったから」

「ん??」

「ごめん、嘘!!」


澤村と話してると気持ちが落ち着いてくる。
やっぱり、こういうのっていいな。男女でクリスマスとかそんなのどうだって……


「そういえば、結局、プレゼントは何買ったんだ?」

「澤村一押しの変なマグカップだよ?」

「そっちじゃなくて、隣の、「わっ!」


なんで、この人は、同じ学年の誰がきいてるかもしれないこの場所で、さらっと言い出すんだろう。秘密だって言ったのに。

さすがに肩をはたきすぎたせいか、その手を掴まれてしまった。

あ。


「どうした?」

「いや、なんでも」


澤村になら触られても大丈夫だ。さっきと違う。

そう思った時、澤村が手を離してくれて、どこか遠くを見ていた。

視線の先に東峰くんがいた。


「あ、東峰くん!」



さっきのお礼が言いたかったのに、私の声が聞こえなかったのか、そのまま向こうに行ってしまった。


私の声……、

小さかったかな。


まずい、て澤村がつぶやいてたけど、どういう意味?って聞き返せなかった。

理由がどうあれ、東峰くんが行っちゃったのが、気になって仕方なかった。




end.