ハニーチ



高1の彼のクリスマス



“東峰くん!”


に呼ばれたのは聞こえていたのに、どうして無視したんだ、俺は。

でも、思い出すと胸がギュッとする。

の腕をつかんでいた大地、は嫌がるそぶりはなかった。

二人が並んでいるのは、その、すごく自然で、彼氏彼女にさえみえた。



「東峰、悪かったって!このとーり!! なあ、無視すんな!」


さっき向こうで叱ったクラスメイトが後ろからくっついてくる。


「なー、東峰!ごめんて!!」

「え、あ、ああ……」

「じゃあ仲直りだな?!」

「まあ……」

「こっち向けって、二度とあんなことしない。この目を見ろっ」

「……本当に反省してるのか?」

「今の流れでなんでそうなる!!」


まだわーわーと騒ぐクラスメイトを相手するのも面倒になって謝罪を受け入れると、打って変わって笑顔で肩を組んできたから、その腕を払った。
けど、すぐにまた肩に腕をかけてきた。


「な、なんだよ」


こっちは、と大地のことが気になって仕方なかった。

まだ、はこっちのレーンに戻ってきていない。

大地とまだ何かしゃべってるんだろう。なにを、話してるんだろう。二人はお互いのことをどう思って……



だろ」

「え!?」

「だよなー、重たい球持ってるのは佐戸井もも同じなのに、にだけ軽いボール持ってきてたしな」

「お、俺は別に……」


たまたまだ。

の一投目、やけに大きな音を立ててボールを落としていたから、気になっただけで。

最初に球を選んだ時から両腕で抱えて重そうにしていたから、ついなんとかしてあげたくなった。


「それは佐戸井もだろ」

「佐戸井はストライク出してたろ。なんなんだよ」

「俺はこの後、佐戸井を誘いたい」


きっぱりと言い切る相手に面食らう。


「だから、東峰とがどっか行ってくれたらちょうどいい」


こっちが呆れるほど清々しい要求だった。

だからといって、その要求を飲むかは別だ。


「そういうのは……、佐戸井に言え。俺もも関係ない」

「佐戸井はにべったりだ。俺は4月からずっと佐戸井を見てる」

「……]

「佐戸井見てるとも見えるからわかんだけど、アイツは東峰に好意がある」

「なっ!?! やめろよ、そういうの」


変なことを言われると意識してしまう。

ただでさえ、さっき大地といたのを見てから、もやもやすんのに。


「東峰って身長あるし、女子って男らしいやつに惹かれるだろ。いつもしゃべってるし、ワンチャンあるとみた」

「やめろって!」

「なんだよ、彼女欲しくないのか?」

「俺は別にっ」


一瞬だけ、の笑顔が浮かんで、もし自分だけに向けてくれたらと想像してしまったけど、すぐに大地がとなりにいる姿が浮かんだ。


「別に、のこと、そういう風に考えたことないよ」

「そうかよ。つまんないやつ」


ふてくされたように相手は両腕を頭の後ろで組んで前を歩いた。

こっちだって言いたいことくらいある。


「お前な、見た目以外に佐戸井のこと知ってるのか?」


ろくにしゃべっているのを見たことがない。

顔がかわいいだの、胸がどうのって、そんなんでよくこの後誘うなんて言えたもんだ。



「知る必要あんの?」

「なっ」

「見た目で騒ぐの、女子も一緒だろ」


さっきまでの声のトーンと異なり、冷たく言い放たれた。

相手が、急に知らない人物に映った。


「ともかく俺は佐戸井とクリスマスを過ごす! がおまけでくっついてこようが関係ない!」

「おっ、おいおい!」


そう言って走り出した相手の後ろを追っかけた。












自分たちのレーンに戻ると、やっぱり佐戸井だけが椅子に座っていた。はいない。

佐戸井にもすぐ指摘された。


ならまだ戻って来てないけど」

「そ、そっか」

「佐戸井、このあとさ「東峰ってみんなに優しいよね」


何を言い出されたのかと思った。

彼女は、確かにクラスメイトが騒ぐには十分なくらい綺麗ではあった。


とも仲良くしてくれてうれしいんだ」

「あ、あぁ……」

「これからも、いい友達でいてね」

「も、もちろん」

「佐戸井、俺は!?」


チクリ、ちくり、居心地の悪さが胸に刺さる。

これからも、いい友達でいる。

それはすごく真っ当な言葉ではあった、けど。



とどう付き合うかは、佐戸井には関係ない」

「お!?」

「……と、俺は思ぅ」


茶化すような同級生の反応は無視したが、そのすぐ横にいる佐戸井から笑顔が静かに消えたので、背筋がぞっとして小声で付け足した。


「もう結果出た!?」


が現れると空気が一変した。

走ってきたは勢いのまま、手にしていたペットボトルを落とした。

すぐ拾って、差し出した。


「ありがと、東峰くん!」


すき だ。


なんで今わかったんだ。

密かに鼓動が早くなる。わからない。このタイミングで、なんでだ、俺。となりに座ったが気になる。

は、佐戸井がとなりにいたクラスメイトをどかすと、すぐに俺の隣から離れて向かいに座った。
スカートは少しめくれていて、すぐ視線をそらした。けど、吸い寄せられるようについ視界に収めた。


「どうかした、東峰くん?」

「え!」

「すっごい見てた気がしたよ」

「な、なんでもない!なんでも!」

「……そっか」


が、少しだけ肩を落としたように見えたのは気のせいだ。


その内に、今回のボウリング大会を主催したメンバーが結果発表を始めた。

予想していた通り俺たちのチームは優勝には程遠く、参加賞の遊園地の割引券だけ手渡された。

懲りない同級生が『今度4人で行こう』とはりきっていたが、俺も含め佐戸井もも返事はしなかった。

自由解散になって、あちこちで声がかかる。
この後カラオケに行くチームもあれば、仲いい同士で集合する連中もいる。

大地を探すか。そう思った時、なぜか佐戸井が言った。


「ショッピングモール、行かない?」


行こう行こうと騒ぐクラスメイトをよそに、佐戸井の真意がわからなくて頷きかねていると、のほうは笑顔で言った。

みんなで行こう。


「え、東峰くんも行くよね?」

「い……」


いかない。


「行く、よ。用事もないし」

「やった、みんなで打ち上げだね」


なんで、に言われると頷いてしまうんだ。
その横にいる佐戸井の笑顔は怖いのに、それでも抗えなかった。一緒にいたい。少しでも、と。

辿り着いたショッピングモールはクリスマスソングがどこもかしこも流れていた。
ジングルベル、赤鼻のトナカイ、どれも明るく楽しい掛け声付き。

どこに向かおう。

迷うよりも早く、佐戸井は本屋に行くと言った。


「さといちゃん、一緒に行くよ!」

は東峰と一緒にこれやったら?」


彼女が指さしたのは、クリスマス限定のクイズラリーだ。

専用の答案用紙にクイズが書かれていて、ヒントを元にモール内の水槽を回る。


「さといちゃんは?」

「私は魚に興味ないし」

「あ、そっか、東峰くんは魚好きらしいもんね」

「!? あ、まあ……」


そんなことを言った覚えはなかったけど、に言われたら否定できなかった。
同級生がニヤニヤとこっちを見ている。なんだか腹が立ってこっそりと肘鉄を食らわせた。が、懲りないコイツは耳打ちしてきた。

俺は佐戸井についていく。

その言葉を捨てセリフに、とっくにエスカレーターに向かっている佐戸井の後ろを目指して走っていった。

ここまで来ると本人のやる気に感心さえしてしまう。が、大丈夫なのか?



「あの、東峰くん、やりたくないなら無理しなくても……」

「え」

「二人でやるの嫌なら個人で参加でも全然」

?」


がどんどん俯いていくから驚いた。


「ご、ごめん、俺が悪かったんだよな。ちょっとぼんやりしてたから。

やりたくないって訳じゃなくて……」


「さといちゃん?」


なんでの友達の名前が出てきたかわからず、何も言えずにいると、は早口に続けた。


「そ、そうだよね、私とじゃ……、そーだ!今からでも本屋さん行こうよ、さといちゃんいるし!!」

「待って、!」


なにを、言われているかわからなかった。


「俺は、といたいんだけど、なんか勘違いしてないか?」

「いや……、東峰くん、さといちゃんがいなくなってから、元気なさそうだし」

「そ、そんなことない! ないから。それは……」

「でも……」

「!? ご、ごめん、。ハンカチ、はないけど、ティッシュなら!」

「ごめん……」

「あっち、あっちに座ろ!なっ!」


空いているベンチにを誘導すると、ティッシュを目元にあてたままは座り込んだ。

少しだけ距離を置いて隣に座った。


俺が、泣かせた。


「ごめん、東峰くん……」

「な、なんで謝るんだ?」

「さといちゃんのこと……」

「お、俺は言った通り、といたかったから、ここにいるだけで。佐戸井は別に」

「みんな、そう言う」


の声が震えていた。

ティッシュが足りないような気がして、全部差し出すと、はごめんとありがとうを繰り返した。



「あの、は、何かしてほしいことある?」

「してほしい……?」

「そうだ、ちょっと待って」


カバンの中をまさぐった。


「これ」

「?」

「あの、今日の、クリスマスプレゼント」


本当はボウリングのチームの中で交換するはずが、男子の参加率が急上昇したおかげでプレゼント交換自体がなくなった。

それでも、迷いに迷って買ったプレゼントをに渡せたらと思っていた。

は涙にぬれた瞳でプレゼントの箱とこっちを交互に見た。


「……あ、開けていいの?」

「モチロン! 今日、交換なくなってどうしたらいいかわからなかったから、その、がもらってくれたら助かる」

「い、いいのかな」

「うん、開けてみて。あっ、全然大したものじゃないけど」


は手のひらサイズの箱の包装紙を丁寧に開いた。



「きれ、い」



そんな風に、喜んでくれたらと、プレゼントを選んだ時から思っていた。



「気に入った……?」

「うん、すごくきれいなバラだ」


は自分の目線の高さにあげて、透明なケースに入っている赤い薔薇をじっくりと眺めた。


、花柄のもの、よく持ってるから。こういうのもいいかと思って」

「わたし?」

「あっ、いや、女子って花が好きなんじゃないかって、深い意味はないんだけど」


何を言っているんだと思いながら、もうがいつもと同じように笑っていたから、しどろもどろになった自分さえ褒めたくなった。


「薔薇って、さといちゃんみたいだよね」


また、ここで佐戸井の名前が出るとは思わなかった。

がいつもと同じ調子で淡々と話すから素直に耳を傾けた。


「さといちゃんって、男子には厳しいでしょ?」

「あー、まあ」

「でもね、可愛いんだ。そういうところがね、薔薇っぽいなって。

中学のときね、国語の時間に、友達を花に例えてみようってことがあったんだ。

そのときね、ペアになった男子が『佐戸井は薔薇だ』って言って、そうだなーって思ったんだ」


大地も前に言っていた。佐戸井は中学の時からこのままだと。

きっと今と変わらずツンツンしていて、それでもこの子の前では柔らかく微笑んだんだろう。


は、何の花だったんだ?」

「カスミソウ!」


やけにきっぱりとは断言した。

天井をキッとにらんでいたかと思えば、こっちを拳を握ってみてきた。


「実はさ、その男子の事ちょっといいなって思ってたの。

なのに、カスミソウかいって!そんな地味!?って。


……後で分かったんだ、よく話しかけてくれるなって思ってたけど、それ、さといちゃんと話すためだったんだって。

横にいる私になんか、興味なかったって……


気づかない私もバカだよね?」


「……うん」


バカだ。



は、こんなにきれいなのに気づかないなんて、そいつはバカだと思うよ」



言ってから、



自分は何を言ったんだ、と焦った。



「いやっ!? その、そいつはバカだと思うのは変わらないけど、そのっ、カスミソウって綺麗だと思うよ!!白くて、どんな花束にもあって!」

「あ、東峰くん落ちついて!!カスミソウ悪くないって今は思ってるよ、うん!!」

「そうじゃ、なくてさ!!」



もっと、ちゃんとわかってほしかった。



が、誰とでも寄り添えるところ、すごく、いいなって、俺は思うよ」



そんなところが、カスミソウみたいだって感じる。


そんな、は顔が真っ赤だった。いや、自分もだ。


「へ、変なこと言ったな。ごめん!!」

「う、ううん!! なんかいっぱい褒められて照れた、あ、ありがと、東峰くん」

「あーいや、まあ、うん」

「こ、この薔薇ってもらってよかった? 他にあげたい人が、「だよ!!」


もうやけになっていた。


「俺はにあげたかったんだ。もらってくれないか?」


「あ、ありがたく……大事にします」

「そ、そんな高いものじゃないんだけどな」

「あ、じゃあ、私のプレゼントも、その、よかったら。あ、でも、その、あっ」


がカバンから引っ張り出した四角い箱を流石にキャッチできなかった。

そっと拾いあげると、何か重そうなものが入っていた。


「こ、壊れちゃったかも」

「何が入ってるんだ?」

「変なマグカップ」

「へんな?」

「澤村がウケ狙いでいいって言って」


大地……


つい心の中にモヤがかかる。

大地とが選んだマグカップをもらうことになるのか。


「あ、やっぱり嫌だよね。私が使うよ!」

「いやっ、俺が使う」

「ほんと、センス悪いよ? じゃんけんで負けて澤村チョイスになったし」

「いや、いい」


もしここで自分がこのプレゼントをもらわなかったら、がこのマグカップを使うことになるんだろう。そっちの想像をした方が嫌だった。


「あ、あの」

「ん?」

「その、荷物じゃなかったら、なんだけど」


ごそごそと、もう一つ、さっきより大きな包みが出てきた。

同じくプレゼント用のリボンで袋の口が結ばれている。差し出されるままに受け取った。



「これは?」

「い、いつも、隣の席で助けてもらっているので、……東峰くんに、感謝の気持ち!!」

「俺に?」

「そう!」


が、俺のために選んでくれたプレゼント。

もともと用意していたんだと、ボウリング大会のプレゼントとは別に準備をして、いつ渡そうか悩んでいたと、大したものじゃないんだけど、と、繰り返すがいとしくてたまらなかった。


「あ、開けていい?」

「うん、たいしたことないけど!」


その気持ちだけでうれしかった。

中身はふわふわしていた。みたいだと思った。フェイスタオルだった、猫柄の。


「やっぱりウサギのがよかった!?」


なにをショック受けているかわからないけど、がくれるものならウサギでも猫でも、どんな柄のタオルでもうれしかった。



「さっそく使うよ、部活」

「バレー部だって言ってたもんね。東峰くんすごいんだって聞いたよ」

「まだまだ、これからだよ」

「応援してる、いっぱいしてる!」

「ありがとな、

「本当に、その、応援してる……いつも、その、ありがと」


が、真っ直ぐ自分を見ていてくれることがうれしかった。


「あ、改まって言われると照れるな」

「だっだね!」

「クイズ、やる?」

「やろ!!」


がさっき渡した薔薇のプレゼントを両手で握ったまま、ベンチから立ち上がった。


「これ、大事にするね!!」

「う、うん」

「行こうっ」


元気になってくれてよかったと、こんな風に笑顔になってくれるならなんだってしたいと、先を行くを見ながら切に思った。



















「あ!」


次の水槽に向かっている時に、が何かひらめいた。


「どうした?」

「東峰くんを花に例えるならあれだ」



あれ?


「サボテンの花!!」

「……それ、トーテムからきてるのか?」

「ちがっ違うよ!! 荒野に佇んでどっしり構えてるところがサボテンの花みたいだなって!!」

「褒めてるのか?」

「すごく褒めてるよ!!」


調子は狂う時もあるけど、の、その、ちょっとズレたところを含めて好きだと思った。




end.