とあるIFストーリー
バレンタインデー
「あれ、ちゃんだよね?」
しまった。知り合いに気づかれた。
わざといつもと違う出入口を選んだのに意味がない。
1限が始まる前だから、他に人がいないのだけは救いだった。
「雰囲気ちがうー、わかった、今日、例の彼とデートだ!」
「あ、……うん」
「いいなー、すっごくかわいいー」
「あ、ありがと」
いっぱいお世辞を言われてもますますはずかしくなるだけなので、早々に教室に逃げ込んだ。
もう誰にも会いたくない。
こんな気合いが入った格好、いつもと違いすぎて皆に笑われるだけだ。
やっぱりやめとけばよかった、無謀だ、こんなの。似合ってない、コート脱ぎたくない。けど、暖房効きすぎて暑い。
せっかくセットした髪だけど、授業が始まるまで、このコートを頭からかぶってようかな。
携帯が急に震えた。
翔陽だ。
「あの、もしもし?」
まだ1限も始まってないのに、なんでもう連絡きたんだろう。
授業があることは話していたはずだ。
「どこって……、これから1限だから。
その、広い教室。1階にある。
席?
一番後ろに座って、る」
『「 わかった!! 」』
電話の声と、リアルなボイスが合わさって、目の前の現実に戸惑い、思わず立ち上がっていた。
近づいてくるその姿は、紛れもなく翔陽で。
「なんでいるの!?」
「……、その、かっこ」
「い、いや、これは!!」
すぐに着席する。コートを引っ張る。
わかってる、変だよね、こんな格好。
らしくないのは、わかってる、わかってるからさ。
「!」
「肩、みえてる」
「う、うん」
翔陽がかけてくれた上着を引っ張って、きちんと自分の肩を隠した。
翔陽がとなりの席に座った。
まだ教授のいない教卓を見つめていた。
「、いつもと違う」
「あ、ごめんね、こんな恰好。ほんとごめん」
足にかけている自分のコートも引っ張ってスカートもきちんと隠した。
消えてしまいたいけど、消えられない。
「なんで謝んの?」
「いや、だって翔陽、こんな格好の私と一日いないといけないわけだし」
こんなのが横に並んでいたら絶対はずかしいに決まっている。
「あの、授業終わったら、一回家に帰って服変えてくる!」
「なんで?」
翔陽が長机にもたれながら、私を捉えていた。
「可愛くて、おれ、どうにかなりそうだ」
カワイくて、どうニカなりそう
日本語って何語だっけ、そう思うくらいに理解力が落ちていた。
きっと、頭上の暖房のせいだ。
ごうごうと音を立てて動作するそれのおかげで、教室が温かくなる代わりに頭がかなりぼんやりしていた。
「えぇ、と」
「、顔赤い」
「だ、暖房がね!」
「外出る?」
それって、サボるってことだ。
とても蠱惑的なインビテーションだ。
「だ、ダメ。授業出る」
「ちぇー」
「あっ、そういえば翔陽はなんでここにいるの?」
「大教室なら紛れても大丈夫だって聞いた!」
「だれ?!そんな無責任なこと言ったの!」
そんなことを話している内に、いつもよりずっと早く時間が過ぎ去った。
end.