とあるIFストーリー
バレンタインデー 1
授業が始まってみれば、最初は喜々として聞き入っていた翔陽も、しばらくすると机に沈んでいた。
そういえば、こんな風に並んで授業を聞くのも久しぶりだ。
翔陽の寝顔をこっそり盗み見ながら、あんなにもそばにいられた頃を思い返す。
あのころとは違う自分たち。
それでも、今日は、1日ずっといっしょにいられるんだ。
うれしくなって、肩にかけてもらった翔陽の上着を本人の背中にそっとかけた。
「ほら、翔陽、起きて」
「ん……」
「授業終わったよー、……なに!?」
いきなりガタッと大きく椅子と机を揺らして飛びのくから、何事かと思った。
翔陽が辺りを見回した。
「もしかして……、寝ぼけてどこにいるか忘れた?」
「う、うん」
「そんなに眠いなら後で待ち合わせでよかったのに」
なんでわざわざ1限の授業に潜り込むんだ。
「な、夏目が」
「なっちゃん?」
「今日の、1番に見た方がいいって教えてくれたから」
なっちゃん……!!
そうか、教室に潜り込めるって翔陽が知ってたのもそういうことか。
気づけば自分のコートに包まれていた。翔陽が真ん前に立っていた。
「……着て」
「う、ん」
言われるがままに袖を通すと、なぜか翔陽がボタン一つひとつをかけてくれた。
「、マフラーは?」
「カバンの中にあるけど」
「出して」
言われた通りに取り出すと、今度は首にマフラーを巻いてくれた。
「なに、してるの?」
「にマフラー巻いてる」
それはわかるんだけどな。
なされるがままの状況に理解が追いつかないけれど、翔陽の手によって防寒はばっちりできた。
「よし、できた!」
「あ、ありがと」
「もういいよな」
「なにが?」
「こっから、おれだけのだっ」
言うより早く腕を引っ張られる。
誰かに見られちゃう。そう思うけど、こんな風に嬉しそうに連れ去られたら誰が抵抗なんてできるんだろう。
ちゃんと可愛く思われたい。
お手本にしたヒロインならきっとここでも可愛く引っ張られていくんだろう。
私はそうじゃないから、覚束ない足取りで必死に隣に並んだ。
「翔陽っ、これからどこいくの?」
「が行きたいって言ってたパフェの店!」
そ、それは本当に行きたかった場所だ。
心の内を見透かされたのか、はたまた早速うれしさが顔に出ていたのかわからないけど、翔陽が得意げに微笑んだ。
「あの、あのっ、なんかすごいね。本当に今年どうしたの?」
去年は携帯をこわしていたのもあって連絡すらままならなかったのに、今年のバレンタインはどうだ。
もう朝からずっと会えてるし、行きたいと思っていたパフェも一緒に行ける。
「おれ、なにか変なことした?」
「じゃなくてっ、すごく、なんかしてくれるから。さっきもコート着せてくれたし、マフラーも」
あれ、それは私の服がおかしいからだった。
「翔陽、ごめん、パフェの前にウチに帰っ、「さない」
ぐっ と距離が縮まった。
「が家に帰るならおれも行く」
「そ、それは大丈夫だよ」
「そしたら、パフェ行けなくなるけど、それでもいい?」
なんで一度家に帰っただけでパフェに行けなくなるのか。
移動にかかる時間をたっぷり見てもお店の開店時間には十分間に合うし、いくら人気店とはいえ全部売り切れているということはない。
疑問は、翔陽があっさり解決してくれた。
「どうにかなるって、さっき言った」
熱が混じる吐息が、2月の空気とともに耳を撫ぜた。
「そ、れは……どうにかなんないでとしか言えないよ」
「だから、先にパフェ行こうっ」
言われるがまま頷いてしまった。
お店に向かいながら思う、どうにかなるって、なに?って。
教えてって可愛く甘えられたら教えてくれるんだろうか。それとも。
自分の想像が気恥ずかしくなって、まずはパフェを楽しむことに気持ちを向けた。
end.