スロウ・エール 131 おまけ
とある居酒屋にて。
「なんだ、今日、なんか暗くないか」
遅れてやってきた嶋田が、既に2人が飲み始めているテーブルについて、暗くない方の滝ノ上に話しかけた。
というのも、向かいの席の烏養繋心が、どこか渋い表情で煙草をくわえていたからだ。
挨拶もそこそこに滝ノ上が半分に減ったビールジョッキを手にしながら笑った。
「ちゃんに彼氏だとよ」
「おー!」「まだいるとは決まってねえよ」
「だとさっ」
「なるほど、だから面白くないと」
「そんなんじゃねーよ」
「あ、おばちゃん、生一つ!」
通りかかったお店のおばちゃんにひと声かけてから、テーブルのつまみとしてあった枝豆を嶋田は口に運んだ。
「ちゃんもそういう年になったわけか」
「そういう年ってなんだよ」
「そういう年だよ、いま中学生だっけ?」
「中3」
「中3の頃なら俺たちだって彼女くらい……、いや、その話はよそう、相手、どんなやつ?」
「だから、知らないって」
「いるって聞いただけらしい」
「じゃあまだ対決はまだか」
「なんだ、対決って」
「俺の可愛い妹分に手を出すな!ってやるんじゃないの?なあ?」
嶋田が適当に話題を振ると、烏養の方は深く煙を吹いて灰皿に煙草を押し付けた。
「誰がそんなのやるか」
「俺が代わりにやってもいいけどな」
「こぶしで語るってかっ」
滝ノ上が茶化すように声を弾ませたところで、さっき注文した生ビールが運ばれてきた。
3人がグラスを鳴らしてから、話題は戻った。
「こぶしは危ないだろ、バレーだ。俺のサーブも上げられないやつにちゃんは渡せないっ」
「おー、いいね!」
「おまえら、何の関係もないだろ」
呆れた様子の烏養に、二人とも首を横に振って笑った。酔いが手伝っているのもある。
「いやいや、ちゃんは俺たちが育てた一面もある。よって、いち兄貴として見過ごせない」
「しかし、どうする、不良みたいのだったら」
「えっ、その可能性あんの?」
「あってたまるか」
烏養が残りのビールを一気に飲み干した。
「が誰と付き合おうが関係ないが、ただ、……気になっただけだ」
生一つ追加、とぶっきらぼうに声をかけると、慣れた様子で店員のおばさんは笑顔をたたえて受け付けた。
嶋田が笑った。
「やっぱ面白くないんだろ」
「違えよ」
「さっきからこの調子なわけ」
「ちゃんが彼氏紹介してくれたら、そんときは俺たちでサーブの試練を与えるしかないな」
「今度サーブ練増やすか」
「あのなあ、他にやった方がいいことあんだろ」
会話はいつも以上に楽し気に弾んだ。
夜、
その一方。
「だ、大丈夫?日向くん風邪?」
『ん、へーき! なんか急にぞわっとした!』
「それ風邪だよきっと」
『おれ、そういうの引かないからだいじょーぶ!』
「油断しないほうがいいよ、明日もあるんだし今日はもう切ろう、ねっ」
『えーー……まだかけたばっかなのに』
「元気になったらまたかけるから。おやすみ!」
『今日のさん、すぐ電話切ろうとする……!』
「だ、だってすごいくしゃみだったから。私もなんかソワってしたし」
『さんも!?やっぱ風邪流行ってんのかな』
二人はめずらしく早々に電話を切った。
end.