スロウ・エール 194
おまけ 2
すき、だ、から、!!、!
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おれ、は、さん、すき、です、!!
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・・・・・・
【 通話中 】
「もしもし、さん!?
おれ、さんすきだから!!」
「ひーなたーー!」
「ふぁいっ、すぐ! すぐ教室戻ります!!」
「教室?」
「へっ?」
日向翔陽が振り返ると、そこにいたのは先生ではなく、となりのクラスの友達だった。
まだ、補講の休憩時間の10分は経っていない。
日向は胸をなでおろして、携帯電話をポケットに戻した。
先生じゃないならもっとしゃべれたのに。
日向が無意識に空を見上げた。
「誰としゃべってたんだ?」
友達は何の気なしに続けた。
日向は、友達が寄りかかる窓枠に手をかけ、慣れた調子で登ると、すぐさま廊下に降り立った。
「秘密っ」
そう言い切る日向の表情が晴れやかにみえ、同級生は日向の肩に腕をかけた。
「な、にすんだっ」
「誰だよ、教えろよ」
「なんで!?!」
「気になんだろ、俺と日向の仲じゃん!」
「やめろって、また取れる!」
からかってくる友達を振り払って、日向は学ランを死守する。
につけてもらった第二ボタンは、流れる雲の合間からこぼれる日差しに当たって輝いていた。
そのボタンを気づき、友達は目を丸くした。
「これ、さっき取れてたのに」
「おまえが引っ張ったからな」
「俺のも取れてるって!」
そう主張する友達の言う通り、彼の学ランは第一ボタンがない。
ほら、と言わんばかりに彼もまたポケットから同じボタンを手の上に出した。
「いいじゃん、それ。 1個目のボタンだし」
「1個目も2個目も変わんねーよ、帰ったら怒られる」
「ちっち、わかってないなー。 第二ボタンだぞ」
「だからなんだよ、日向」
「第二ボタンっていうのはさっ」
「ほらっ!!」
二人の会話に割って入るには十分な声量で、曲がり角から飛び出してきたのは女子。それも、学年は一つ下の2年生。
日向たちからは手だけだが、その角にもう一人いるらしい。
実は友達と会話しながら、どこからかしゃべり声がするなとは日向も思っていた。
ボタン 先輩に いったほうがいい
だれ か に
とられちゃうっ
隣にいた友達が、その女子に声をかけた。
「どした? なんかあったか?」
「あ、いえ!」
日向が二人を見比べた。
「知り合い?」
「部活の後輩」
3年生は部活をとっくに引退している。
今日、久しぶりに会った。
友達はどこか声を和らげて言った。
何か言いたげに口をつぐむ2年生。
その子はぎゅっと制服のスカートを握りしめていた。
どこからか聞こえていたないしょ話が、日向の耳によみがえる。
ボタン、
第二ボタン。
第二ボタンくださいって、
“あなたのことがすきです”って意味だろう?
「……おれ、補講あるから行くな!」
「あー、日向、補講っつってたな」
つまらなそうに友達が呟き、頭の後ろに腕を回した。
後輩だと紹介された女子はどこか気まずそうに足先を動かした。
すれ違いざまだった。
日向は2年生のとなりでぴたりと止まった。
面識ゼロの相手、日向の行動に、彼女はビクリと肩を揺らした。
「言っていいと思うよ」
「ぇっ」
「おれは、うれしかった!
……すごく!!」
「おい、日向、なんの話っ」
「せ先輩!」
日向が一個飛ばしで階段を駆け上がる。
二人の声、ボタン、単語だけが届いて、もう遠い。
end.
「お、えらいな、日向。
時間……通りだな」
顧問としての仕事終えた教師が、教室内の時計を見上げ、もう一度視線を戻した。
教壇から真ん前の席。
日向翔陽がどこか目を爛々と輝かせ、しっかり着席している。
生徒が手を上げた。
「先生!!」
「なんだ」
「今なら、おれ、なんでも解けそうです!」
「……じゃあ、プリント裏の題問の3、今から15分な」
「おっしゃーー!」
生徒の学力を知る教師は、この勢いがどこまで続くだろうと思いつつ、広げたままのプリントを手に取った。
「うおあぁぁ~……」
威勢のよかった声が、もうしぼんで聞こえる。
「日向ー、問題解くときは静かにな」
「……ハイ」
まだ1分も経っていない。
教師は出題元の高校名を確認し、レベルを一気に上げすぎたなとプリントをおもてに戻した。
「せんせい……」
「んー?」
「おれ、なんでもっ、解けないかもしれない」
正直だなと教師は浅く頷き、考えることに意義がある、と告げた。
「これ、さんだったらカンタンに解けますか」
急に出された別の生徒の名前に、教師も手を止め、少しだけ思案した。
「たぶんな」
「そう……、です、か」
生徒が鉛筆を握り直す。消しゴムが動く。また鉛筆も。
「日向」
今度は教師の方が口を挟んだ。
日向が顔を上げた。
「と同じレベルは無理でも、前には進んでるからな」
一瞬置いて、すぐさま生徒は続けた。
「どういう意味ですか! あ、おれには解けないってこと!?」
「まあ、やってみろ」
「おぉっし!!」
「静かになー」
「ハイ!! んんっ!」
生徒は口を片手で覆ってから、鉛筆をまた走らせた。だれかを、追いかけるように。
end.