ハニーチ

とある12月の夜のこと




年の暮れ、無理しなくていいけど付き合ってくれたら、と翔陽に声をかけられ、夜のにぎやかな場に参加した。



「日向って実際どうなの? 束縛してくる?」

「いやー草食男子ってやつじゃないか、ほら、流行ってるだろ」


「やめなさいよ、そーいうの。困ってるでしょ」

「あ、えぇっと」

「ほら、日向ー、彼女助けてあげてー」

「いっいいです!呼ばなくて大丈夫です!」


「何かありました!?」

「この酔っ払いども、ちゃんに絡んでてね」


「絡んでないって。ただ、日向が彼女の話ぜんっぜんしないから困ってることあんじゃないかって……なあ?」

「そうそうっ。今日やっと顔合わせさしてくれたし、どんな感じか話してくれたって……」

「二人とも飲みすぎ。 スイマセーン、ウーロン茶こっちにー」


確かにお酒がよく回って赤ら顔のお二人から、気を利かせてお茶を用意してくださった方へ視線を移していった時、翔陽が私の肩に手を置いた。

目配せされて、同じように席を立つ。なにかと思った。


、荷物どこ?」

「そこの、出口のところ」

「コートはあそこかっ」


頷こうとした時にはもう私のコートは翔陽の手にあった。翔陽のコートも同じく。


「彼女、家遠いんで帰ります」


え、いま、このタイミング?

翔陽の方を見て目が合ったけど、顔色一つ変えないで帰ることをこの場にいる人に告げて、挨拶もそこそこに私を呼んだ。

惜しむ声がたくさんある中、申し訳なさから隣で何度も頭を下げた。

絶対、もっと翔陽にいてほしいはず。

翔陽の方はさして気にした様子もなく外に出た。

マフラーを巻いて、そのあと、私の手を握り、こちらの意を介さず一歩先を歩き出す。
すかさず声をかけた。


「あの、よかったの?」

「なにがっ?」

「まだみんな残ってる」

「いいよ」

「私が邪魔なら私だけ帰ってもいいのに」


翔陽が歩みを止めて、振り返った。

と思ったら、ちょっとした路地に引っ張られ、両腕で抱きこまれていた。強く。


“ 草食男子ってやつ ”


そんなワードがよぎる。



不足だ」



翔陽の着ている上着のフードのファーが、ライオンのたてがみに見えた。
車道の行きかうヘッドライトできらめいていた。

腕の力が緩んだかと思うと、今度は顔が近づいてきたから、思わず片手で相手の口元を覆った。


「ふぐっ、……

「と、とまんなくなったら困る。外だよ?」

「……」


明らかに物足りなさげな表情だ。

ただ、こっちも譲れない。
二人でくっついていたって12月の寒さは強敵だ。

さすがに観念したのか、翔陽はきちんと真っ直ぐ立った。


「中ならいいってこと?」

「え?」

「部屋、行こうよ、おれの」



おれの、

    へや。


翔陽、の部屋。

前に入った時のことを思い出す。

雑然とした、翔陽の必要なものだけで構成されている空間。

自分の部屋とも、友達の部屋とも違う、“翔陽”の場所。



「いいけど、その、ちゃんと帰してくれる?」

「……」


翔陽は視線をそらしてマフラーで口元を少し隠した。

帰るなら 今 だと通告された気分だった。

腕時計を見た。
暗いけど、大通りの電灯で文字盤も読めた。


「……いいよ、行こう」

「ほんと?」

「明日は余裕あるし」


言い切るより先に、景色は動いた。


「ちょっと、翔陽っ」

「早く行こっ」

「待って、転ぶっ、ねえっ!」


もし大型犬の散歩をしたらこんな感じかもしれない。
ずるずる引っ張られながらそんなことを考えた。









ありがとうございましたぁー

店員さんの明るい定番文句に軽く頭を下げて、入り口外にいる翔陽をすぐ見つけた。

こうやって後ろ姿だけ見ると、バレーボール選手っぽさはないよなと思う。


「お待たせ」


もし、翔陽に尻尾があったなら、きっと今ぶんぶん振ってるんじゃないか。
本人には言わずにいた。


、欲しいやつあった?」

「うん」


受け取ったばかりの買い物袋を持ち上げてみせる。


「待たせてごめんね」

「そんな待ってないよ」


空いている方の手を握られると、翔陽の指先が冷たくなっていて、思わずもう一方の手も重ねた。


「な、なに!?」

「翔陽も中に入ればよかったのに」

「いやっ、お、おれ男だから……!!」

「カップルで選んでた人もけっこういたよ?」

「ええっ!!」


余りに大きな声に、ちょうど同じように買い物袋を下げた男女のペアがこっちを見た。

おずおずと二人して出入り口の脇からずれる。

こんな風にカップルか夫婦かわからないけど、男女がランジェリーショップで買い物をするのは珍しくはなかった。
とはいえ、女性一人で買いに来ることも多いし、どっちが正解とも言えない。

一緒に選びたかったというよりは、寒くないか心配なだけだった。

翔陽の手の甲を撫でた。


「風邪、引かないでね」

「大丈夫、待ってるだけであったまる」

「なんで?あったまんないよ」


つい笑ってしまって、いつも通りに手をつなぎ直した。


「早く来ないかなって待ってんの楽しいよ」

「そっか」

「それに、どんなの買ってくるのかなって気になるし」


そういうことを言葉にされると、反応に困る。


「……別に、見せないもん」

「え、見るよ?」


翔陽はさらっと口にするから、恥ずかしさがこみあげてきて、買い物袋の持ち手をぎゅっと握った。


「見せないってば」

「明日の朝、着るじゃん」

「お風呂入ったらすぐ着るから見えないよ」

、パジャマも買ったの?」


首を横に振った。

さすがにパジャマまで新調する気はなかった。前に来た時みたく、翔陽のを借りる気でいた。


「あ、まさか貸してくれないんだ。いいよ、そしたらすぐ帰るから」


さっき買ったやつは、今日使わなくたっていい。

翔陽が慌てて手を引っ張った。


「貸すって、の好きなやつどれでもっ」

「いいよ、元々そーいう予定じゃなかったし」


わざと意地悪を装ってみる。

でも、本当でもある。
今日の集まりだって最後まで参加する気でいたし、きっと2次会なんてものがあるなら、翔陽だけ参加して自分は先に帰れるかな、くらい考えていた。

いつの間にか隣でしょげてしまった相手との距離をなくして腕を絡めた。


「冗談だってば」

が言うと本気に聞こえる……」

「翔陽が見るとか言うから」

「……見たいよ、彼女の、ぜんぶ」


翔陽の方こそ、本気みたく言うから、かえってどぎまぎしてしまう。
いや、本気なのか、いつだって。


「そ、いうの言わないでって、いっつも言ってる」


抗議の意味を込めてにらんでみても、となりの翔陽は今度はどこか嬉しそうでまるで通じてなかった。












翔陽の部屋に着いた。始まりのゴングが鳴ったみたいだ。
後ろ手に扉を閉めたかと思うと、靴だってきちんと脱げてないのに、腰から背中に腕が回った。
コートだってまだ脱いでない。
そう訴えるより早く呼吸する間も消えていた。
溶けあうのは早かった。触れ合った箇所がすぐ熱くなる。けど、腰を下ろしたのは、冬の冷たい玄関だ。
床は固く、熱を奪う。服越しだって快適とは言えない。
相手を押し戻そうにも勢いづいていて、息をしようにも晒される素肌の方に気を取られた。


「ぁ、待って、ねえっ」


ちょっと変わったデザインの服にして正解だった。
翔陽が脱がせ方に戸惑っている隙に訴えた。

ここじゃ寒い。

そうしたら、翔陽は自分のコートを下敷きにしてくれた。
大切にしてくれているのはよくわかる。

けど、いくら厚めのコートだって冬の玄関の寒さを凌げるはずがない。それにこんな扉の前じゃどこに何が響いてしまうかわからない。


「ここやだ」

「部屋だよ?」

「玄関だよっ、もっ帰る」


パツン、と服の中でホックが外されたのがわかった。

これじゃあ、すぐ帰れない。


「待って、なんでそんな……」


余裕 な いの

言葉は翔陽に追いつかなかった。


「違う匂いがする」


囁きとともに、濡れた感覚が耳元から首筋を伝った。


「おれの、知らない匂いだ」

「く、すぐったい」

「どこでこうなったの?」

「し、知らない」

「知らないでこうなるんだ」

「お店の、匂いとか」

「おれも同じ匂い?」


ぐっ と更に距離が近づいてもよくわからなかった。
翔陽は翔陽だし、この場所だって私からすれば翔陽の匂いだった。


「わ、わかんない」

「風呂、行こう」

「へっ? あっ」


浮遊感、 慣れない。

抱きかかえられるのは苦手だ。

どうされるかわからない恐怖、どうなるかわからない不安定さ、思わず腕を翔陽の首に回すと、ようやく翔陽の表情が緩んで少し安心した。
さっきまでのあの感じ、嫌ではないけど、怖くはあった。


「いま、のいつもの匂いした」

「よくわかるね……。あ、待って、二人じゃ無理」


器用によくここまで運んでもらえたなと感心するけど、このままでバスルームに入れるわけがない。
そっと下ろしてもらってお風呂場を覗き、前に来た時と変わらないシンプルさを確かめた。


「先、入っていいよ」

は?」

「部屋をあったかくして待ってる」


いろいろ身支度を整えたい気持ちもあった。
翔陽は離してくれなかった。


「一緒に入ったらあったかいよ」

「無理だってば、狭いんだから」


聞き分けてほしいのに、するりと入り込んだ指先は冬を感じさせて体が震えた。

玄関先での行為を物語る衣服の乱れを両腕で隠してみても、その分どこかに隙が出来てしまって、また違う箇所から翔陽が忍び込んできた。
いっそのこと翔陽のことも脱がせてしまおうかと思ったけど、それより早く翔陽は上の服をじれったそうに脱ぎ捨てた。
一気にまとめられた服が足元に転がる。肌が見えて、戸惑ってしまった事実を翔陽に見つけられ悪戯っぽく微笑まれると、ますます気恥ずかしくなった。


「ほら、あったかい」


胸板に押し付けられる。鼓動が重なった。たしかに温かくはあった。
背中から脇を通って胸元の輪郭を確かめられると、やっぱり恥ずかしさもあって引け腰になり、そのせいで中途半端にずり落ちた衣服が足に絡んで転びかけた。
翔陽にしかと抱き留められた。

すごく、しっかりとした体躯。




「シャワーでいいよね?」

「だ、から、狭いって……」

「じゃあ先に」


シャワーを浴びれるのかと思った。

舌なめずりを目撃してしまった。


「もっと、しよ」



右も、左も、上から下までぜんぶ、翔陽に包囲されていた。

熱情は二人のものではあった。

深くふかくつながる口づけで奥底に到達し、互いを急速に望んでいた。















やっぱりシャワーが浴びたいと相手を起こさないように悪戦苦闘していると、翔陽の腕に力が込められた。
あ、起きてる。
だったら早くここから出して。
身じろいでみても、一向に放してくれない。
鼻をつまんでみた。


「んっ!」

「おはよ」

「おっおはよう、なんで鼻!」

「起きてたのに寝たふりしてたから。翔陽のいじわる」

「い、いじわるでは……!!」


動揺している内に体を起こすと、またふわっと引き戻されてしまった。


「まだいいじゃんっ」

「でもシャワー」

、そんなに風呂入りたいの?」


ジッと瞳を覗かれる。

真意を探られる。


ぴた、とくっついてみる。


「昨日買ったやつ付けたいなって。……見たくないの?」

「み、見たい……」

「なら行かせて?」

「じ、じゃあ一緒に、「無理だってば」

「無理かどうかは試してみないとわからないっ」

「!」


さっきより強く抱きしめられる。


「くるしいよ……!」

「こんぐらいくっついてたら入れるっ」

「洗えないよ全然」

「おれがやる、全部やるから」

「しょうよう……」

、……いい? いいよね?」

「だ、だから」

「いいって言って」



無理だってば、無理なの。

いまだって、こんなに互いだけ見てるのに、ちゃんとお風呂に入れる気がしない。

訴えようにも、また次のベルが鳴り響いているのがわかる。
熱は押し付けられ、再び高まっていた。



end... thank you & enjoy 2019 days!