ハニーチ











イズミンとコージーとアイスを食べながら花火大会のことも決め終えて解散、もう夕方なのにまだ空は明るかった。

楽しかった、のに、まだ、もやっとする。

それを吹っ飛ばしたくて自転車のペダルを踏みしめた。

この気持ちはどっか行くようにもっと速く、速くこいでみて、それでもなんにも変わらなくて、気づけば向日葵のところに来ていた。

さんも連れてきた、この向日葵畑。

向かいから見慣れた人が両手に買い物袋を持って歩いていた。
肉屋のおばちゃんだ。


「あら、翔ちゃん」

「こっこんばんは」

「はい、こんばんは」


おばちゃんはいつもお店で会うから普通の格好してると、ちょっと不思議な感じがした。


「もうすぐ夕立が来そうよ」


そう言われて空を見上げると、雲が真っ赤に染まっていた。
風が吹いてもムッと湿っていて、これっぽっちも涼しくない。

ツバメが向日葵畑の真ん中を低く飛んでいった。


「もう、帰ります! ちょっと、ここの向日葵見たくて」

「きれいだもんねえ」

「でも、今日はちょっと元気なさそう」


どの向日葵も頭が下を向いていた。

夏が終わるからか、暑すぎるからか。

本当は、いつかみたく、元気に咲いている向日葵が見たかった。


「明日になったらまた顔あげるよ」

「明日?」

「太陽が出てきたらね」

「そうなの?」

「向日葵はね、太陽を追っかけるから」


おばさんはこの近所に住んでいるから、きっと毎年、毎日その光景を見ているはずだ。


「向日葵って、太陽がすきなのかな」


おばさんが目を丸くしたから驚いて付け足した。


「な、なんとなく!!そう、思っただけで」


さっきコージーたちとしゃべったことが浮かんで、つい口から漏れてしまった。

いつ、好きになるか。誰を好きか。好きって、なにか。

変に思われた、絶対。


「好きっていうより、必要、じゃないかね」


おばさんは、さっきと同じ優しい口調だった。


「生き物はみ~んなそうだけど」


ぽつり、と雨がひとしずく。

また、ひとつ。


「あらあら」

「おばさん、荷物のっけていいよ」

「翔ちゃん、傘は?」

「おれはいいよ! おばさん宅まで荷物持ってく」

「それじゃ濡れちゃうでしょ、一緒に行きましょ。おばさんの傘、大きいから」


開かれた傘は、たしかに大きかった。


「翔ちゃんは優しいねぇ」


日向君は やっぱり 優しい な


また、思い出した。さんと一緒にいるわけじゃないのに。


「そんなんじゃ、ないよ」


自転車のハンドルをしっかりと握り直した。


「翔ちゃんはいつも優しいよ」


そうまた言われたら、否定しすぎるのもなって思って、少し声が大きくなってしまった。


「お!おじさんが、今日、お店?」

「そうよ、こんな日はお客さん少ないから。本当にありがとね、翔ちゃん」

「ううん」

「寄ってって、麦茶とお菓子出したげる」


おばさんの家はすぐで、買い物袋を運んだらこのまま濡れて帰ろうと思っていたけど、引き留められるままに玄関で待った。
ひと思いに雨が降る。屋根を打つ音が聞こえる。


「急に来たねぇ」

「うん」

「かりんとうしかなくてごめんね」

「ううん、ありがとう!」

「中、入っていいのよ?」


部屋の方がいいんじゃともおばさんは言ったけど、夕飯は家で食べるから早く帰らないとと話すと納得してくれた。
コップもお皿も玄関に置きっ放しでいいって言ってくれて、奥に入っていった。
夕飯の準備をするみたいだ。

麦茶を飲み干して、いくつかお菓子を手のひらにのせてから引き戸の外に立った。
お菓子を一つずつ口に放っていく。

雨、すごい。

でも、ずっと向こうは晴れていた。

雲が途切れて、光があふれてる。


こういうの、を、そう。


「狐の、嫁入り……」


前に、さんが、教えてくれた。
考えないように、してたのに。


あのお祭りの日もこんな風に雨が降っていた。
あの時は、もっとすごくて、雷も鳴っていた。
あの時は、さんが傘を差してくれた。

一緒に並んで、歩いたんだ。


「翔ちゃん」

「は、ハイ!!」

「コロッケあげたから食べて」

「え、でも」

「おいしいから、ねっ。揚げたてだから気をつけて」

「ありがと、アチッ!!」


おばさんが言ったでしょって笑ってまた奥に入っていった。
そういえば、さっきから油であげる音がしていた。

この味、お店と同じで、あのお祭りの日も食べた。さんと。


さんのことばっか、考えてる。


おなかがすいたのもあって熱さに気を付けながらコロッケを一気に頬張った。

ごちそうさまでしたって伝えて、雨の上がった道を行く。

これだけ一気に雨が降ったからか、誰も道を歩いてなかった。
道に水たまりが出来てて、あの時はプールみたいって話したんだ。

見慣れた道に戻ってきた。

気づいたら自転車を止めてた。



「あれ」


無意識だった、バス停の前。
誰もいない。誰とバスを待つでもない。

なんで。

いや、なんでじゃ、ない。



「おれ……、また」



さん、いてくれるみたいに、停まってた。

バス停なんて前なら通り過ぎるだけだったのに。
横を走るバスだって、自転車だから気をつけようってそれくらいで、なのに、探してた。乗ってないかなって。さん、探してて。

いないのに。

ここに、さんはいない。

いないんだ。


自転車をこいだ。

また、思い出さないように。


もっと、もっと踏み込んで、雨が降った道は濡れていて、時折水しぶきを上げて走った。

空、すげえ。

青と橙、赤、ピンク、蛍光ペンみたく光ってる。

すごい。きれいだ。


また、だ。


また、伝えたいって。



もう、……やめた。
無理だ、考えないようにすんの。


ちょうど少しだけ下り坂に入る。こぐのはやめる。ブレーキもかけない。
加速して、気合い入れてまたペダルを踏みこむ。

次はもっと勢いをつけてこの坂を上がり切る。



はやく、夏休み、終わんないかな。



会いたい、




会いたいんだ。
















次の日も晴れだった。

朝一番に向日葵の場所に寄ったら、花は太陽を見ていた。

向日葵には、太陽が必要。


「!!」


コンクリートに蝉が止まっていて、いきなり飛んでった。

意識飛んだけど、それはやっぱり一瞬だけだ。

自転車にまたがり直した。













学校、下駄箱、さんのところ、空っぽ。

教室、誰もいない。

グラウンドも今日は無人だ。吹奏楽部の演奏と合唱の声はどっかから聞こえていた。



「日向ー」


自分だけの体育館、扉のところに先生が立っていて、上を指さす。その先に時計、もう時間だった。


「スイマセン、鍵!」

「倉庫は?」

「閉めました!」

「よし」


ちょうど同じように帰らされてる生徒が見えた。


は?」

「い、いません! いつも、いてくれる訳ではないので」

「ああ、そういやそうだな」


先生が体育館の鍵を胸ポケットにしまった。


と日向、セットのイメージあるんだよなあ」

「セットでは、ない、です」

「まあなー、成績あんな違うのにな。つくづく不思議だ」

「……あ、あの」

「なんだ」

さん、は……」


なに、聞こうとしてるんだ、おれ。


「や、やっぱ、なし!なんでもないです!!」


先生は職員室に行く足を少しだけ止めた。


だって烏野受けるんだ、日向もがんばれよ」

「は、はい!」


なんでここでさんの名前が……!


先生は、はすべり止めだけどなーって話しながら階段を上がっていった。早く帰れって、それも付け加えて。

学校の中は外よりはひやっとして、がらんとして、つい、また想像してしまうから、急いで自転車置き場に向かった。

あとちょっと、だ。












やっと夏休み最後の日、花火大会の会場は人で溢れていた。
家族と来る話もあったけど、前から約束していたのもあって友達と回っていた。
友達と食べる屋台も、射的やヨーヨーも全部楽しい。

楽しいけど、さんと同じ身長の人を見かけたら、足が止まって。
顔を見て、違うってわかってまた歩き出す。その繰り返し。

浴衣を着たカップルが仲よさそうに手を繋いでいた。そんな人たちが何組もいた。

本格的に暗くなってくる頃には、さんを探さないってまた決意した。

すれ違うのも一苦労で、時間が経つほど人が増えている。
第一会場に行きたい人はこっち、第二会場はあっち、と喉をカラカラにして係の人が叫ぶのも消えそうなくらい、見物客で賑わっていた。


「そろそろ始まるね」


友達の話に相槌を打つ。花火が打ちあがる間は会場の行き来が出来なくなるらしい。

会場の様子を映すディスプレイが目について、つい人をすり抜けて近づいた。

こんなことしたら皆とはぐれたら合流できなくなる。
それでも食い入るように画面を見つめた。

見間違えか、幻覚か、おれの、願望か。

さんを見た気がした。


「おれ……、あっちの会場行く!」

「え?なに?」


友達が聞き返したのわかったのに走っていた。

さっきからずっと見間違えていたことも忘れて、人の流れに逆らって走った。

走る必要ないのに。明日になれば学校で会える。それでも、いま、会いたかった。
さんに会いたかった。会えるなら、1日でも、1分でも早く。


もうすぐ、花火が打ち上がる。

みんな座り出す。移動させないように係の人たちが説明しながら紐を引いた。

こんな、人いて、見つけられるはずない。

な、んで、こんな走って。


右、左、右、前、後ろ、どこを見ても、見つからない。
いない。いるかどうかも、わからない。暗くて、さすがに顔も判別できない。

その内に、花火が打ち上がった。

そっか、光ったらまだ探せるかも。


空より、観客にずっと集中した。

ドン、ドン、ドドン、次々と打ち上がる花火、空気を伝って圧が来る。
まぶしい光、空を見た。明るいけど、ただの光に見えてしまう。なんで、去年と違って見えるか、もうわかっていた。

音楽が鳴る。合わせて光が舞い飛ぶ。楽しそうな声が上がる。たまや、たまや。なんで、こんな気持ちで、花火。


電話、つながらない。

圏外。1本線。また圏外。

メール、打つのも惜しい。


本当は、さっさと連絡すればよかった。夏休みの終わりを待ってないですぐに。すぐに、あの日、追いかければよかった。

ばいばい、じゃなくて、こっち向いてって。

期待している、ここにいるんじゃないかって。いや、いてほしいんだ。今すぐにでも、おれ、さんに。


そのときだった。花火の音、色んなざわめき、その中の、たった一つ、探してた声。

聞き違い? いや、でも、聞こえた。つかんだ。


いた っ






「ここ、いい!?」


誰かいたらどうするとか、どんな顔して声かけるかだとか全部置き去りにした。
心臓ばくばくしてる。さん、いる。いる。

今なら、なんでもできそう。

隣、来れた。

花火が、上がる。

空がはじけて光る。

こんな、綺麗だったんだ。いま知った。



夜が、すごく明るい。


何から言おう。

さんと話したいこと、たくさんある。




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