12月25日、クリスマス当日。
世間一般でもにぎわいが落ちつき、明日の準備をせっせと進める夜、インターフォンが鳴り響いた。
こんな時間に?
誰とも約束なんてしていない。
警戒心を持ってインターフォンの主を確認すると、ここにいるはずのない相手がワクワクとした様子で映っていた。
とある12月25日の夜のこと
「なんっで、翔陽がいるの?」
「なんでって……、今日、クリスマスじゃん」
「大阪で試合して、そのあとパーティーだって……だからこないだ、先にクリスマスしたんだし」
「したけどさ、やっぱり今日もに会いたくなって、だから飛んできたっ」
翔陽はあっさりと、軽々と遠距離を超えてくる。
だれかの言葉を借りるなら、ビュン!がすぎる。
国内なだけマシなんだろうか。
自分の感覚のほうが狂っている気がしてくる。
翔陽がちょいちょい、と指差した。
「、それよりさ、部屋っ、入れてくんないの?」
「……入れる、けど」
セキュリティがしっかりとした訪問者用の入り口の次、私の部屋のドアはなんとなくドアチェーンをかけていた。
MSBYブラックジャッカルの大事な選手を、このまま寒い外に放っておけるはずもない。
観念してドアを一度閉じてチェーンを外す。
ただ、こんな時間に連絡もなしに、と文句を言いたくなるくらい許されるだろう。
「はい、しょうよ、」
言い切るより先にぎゅうーっと冷たさに包まれた。否、真っ赤な服を来た日向翔陽に抱きしめられていた。
閉め切っていない扉から冷気が一気に入り込む。頬に触れた翔陽の髪からも冬を感じた。
暖かな室内にいたから忘れていた。今夜もひどく寒い。
ちょっとでも早くドアを開けてあげればよかったと後悔の念が沸き上がってきたところで、翔陽がもっとぎゅっと囁いた。
「、会いたかったっ」
腕の力が抜けたかと思えば、心底うれしそうに翔陽は微笑んだ。ほっぺたと鼻先は寒さのせいか少し赤らんでいた。
頬に触れるとたしかに外と同じ温度だった。
「すぐ、……翔陽、無茶する」
「に会いたいって思ったらもう乗ってた」
「わ、なにっ」
宙に浮かぶ。
翔陽が私を両腕で抱きかかえた。
見下ろせば満面の笑み。
「しっ翔陽っ」
「だっ」
「危な、ぶつかるっ」
いきなり抱き上げられて焦っても、持ち上げた張本人はまったく気にせず、自分の部屋とでも思い込んでいるのか遠慮もなく、ずんずんと部屋の奥に私を運ぶ。
顔を上げれば、まだドアが半端に開いたままだ。
「待って、ドア!」
じたばたとしながら主張すると、翔陽の足がようやく止まった。
私も、やっと床に足がつく。
「あ、忘れてたっ」
翔陽が急いで玄関の方に戻っていく。
てっきり用意したスリッパをはくんだと思った。
スリッパは通り過ぎ、翔陽は開けっぱなしのドアから身を乗り出して、何かを玄関に持って入れた。
「……なに、それ」
思わず言葉がこぼれ出たけれど、実際、目の前にしてみると、翔陽の今の姿にぴったりだった。
真っ赤なサンタの衣装とくれば、白い袋。
「プレゼントっ」
翔陽は得意げに笑った。
サンタ帽の白いボンボンも揺れた。
「、早くっ」
「待ってってば」
誰のためにあたたかい飲み物を用意してると思ってるんだ。
ついでに自分の分も入れてマグカップ二つを持ち、手招きしている翔陽のほうへと舞い戻った。
中身をこぼさないように慎重にテーブルに置く。
座ろうとしたところで、服を引っ張られた。
「……なんですか、翔陽さん」
「、こっち!」
こっち、って、言われても。
「あのさ、このコタツって大人数用じゃないから」
「うん、だから、はここ」
何を言っているんだと言わんばかりに翔陽は自分のところを指差している。
だから、さ。
「あのね、狭いんだよ?」
「うん、知ってる」
「向かい合って座った方があったまるから」
「俺はをぎゅってしてたいですっ」
「……翔陽の足、コタツに入らなくない?」
「あったかいがいることによって俺はあたたまるから大丈夫っ」
なんで、そんな、自信満々に、訳の分からないことを言い切れるんだろう。
ため息一つ。
眠たいのもある。
翔陽のところに渋々収まってみると、案の定コタツに入りづらいし、とてもぎゅうぎゅうで狭かった。
ほら、せまい。
言葉でいう代わりに翔陽にもたれると、肩に翔陽の顎がのっかった。
頬に触れた感覚は玄関で抱きしめられた時よりあたたかくて、密かに安心した。
「やっぱ、あったかいな」
「お風呂入ったから」
「だからいい匂いすんだっ」
「!くすぐったい」
「の匂い覚えるっ」
「もう知ってるでしょっ」
このままだとそうなりそうで、真っ赤な服の翔陽のひざを軽くはたいた。
「それよりさっ、プレゼントは?」
「忘れてたっ」
といるとすぐ他のこと忘れんだよなー、なんて言いながら、本来ならクリスマスのある意味メインであろうプレゼントの袋を引っ張った。
あれ。
「なんか、書いてある?」
白い袋と思いきや、サインペンだろうか、黒い文字が見える。
「ああ、これ? 書かれたっ」
なんでも今日のイベントで使った袋の一枚をもらってきたらしい。
どうせ捨てる予定の物だったからちょうどいいとのことで、用意していたものを詰め込んでいたら、チームメイトの皆に見つかった、と。
「……これ、もしかして全員分書いてあるの?」
「どうだろ、勝手に書かれたから。それより、中身!!」
「あっ」
しげしげと“勝手に書かれた”という各選手のサインとメッセージ(メリークリスマス、など)を眺めていると、翔陽に取り上げられ、そのまま遠くに投げ捨てられてしまった。
この袋、出すところに出せば、高値がつくんじゃ、とも思ったけど、翔陽はいくつものプレゼントの方を見てほしいらしい。
「、開けてみてっ」
言われるがままに大きな袋から開けてみる。
思ったよりはずっと軽い。
出てきたのは、ふわふわとしたパジャマセットだった。やわらかな触感、色合い、愛らしい雰囲気。
「かわいい」
「に似合うと思ったっ」
「こないだもプレゼントもらったのに、いいの?」
「もちろんっ」
嬉しくてこれまたじっくり眺めようとしているというのに、また翔陽に取り上げられた。
さいわい、今度は遠くに投げ捨てられることはなかった。
「、次っ」
「つぎ?」
また違う大きさのプレゼントを渡される。
なんでこんなにプレゼントをくれるんだろう。
クリスマス当日は会えないからと先に二人だけのクリスマスを過ごし、その時だってちゃんとプレゼントをもらっていた。
こんなに受け取ってしまったら、私の方こそどんなふうに返したらいい?
嬉しさから尋ねると、翔陽はさっきまでと変わらず微笑んだ。
「俺は、がいてくれたらいい」
「……ありがと」
こんな無茶してって思ってしまったけれど、やっぱり何かの節目にわざわざ会いに来てくれること、うれしいに決まっている。
今、こんな風にくっついてられるのだってしあわせだ。一人より、二人がいい。
翔陽の手によって渡され、また並べられたプレゼントが周りにいっぱいあったけれど(パジャマ、入浴剤のセット、新しい服、化粧品、カバン、歯磨きセットとコップ、などなど)、それよりも隙間なくそばにある温もりへと身を寄せた。
「最後に、これ」
「まだあったの」
これだけもらって、まだプレゼントが残っていたらしい。
それは、贈答用の封筒のようだった。
なんだろう。
開けてみれば、それは、
「え、大阪……行き?」
「うん」
「あの、日付」
「ん」
「明日、なんだけど」
翔陽の方に向き直り、じっと見つめる。
ふと周りに並べられた荷物を見回す。
パジャマ、入浴剤のセット、新しい服、化粧品、カバン、歯磨きセットとコップ……って、これ、旅行の持ち物一式じゃないか。
「しっ、翔陽」
「俺は、がいてくれたらそれでいい」
「それはっ、その、いいんだけど、わたし明日から」
「ん、旅行だよな。 許可はもらってるっ」
「許可!? なっちゃんそう言ったの?」
「言ったっていうか、元々、俺との約束で押さえてもらってたから」
「はあ!?」
思わず大きな声が出てしまう。音漏れするような部屋ではないけどご近所迷惑になりやしないかと口元を押さえた。
翔陽は淡々と続ける。
元々クリスマスから年末年始に向けて一緒に過ごしたかったけど、チームの予定がどうなるかはっきり決められないから、私に切り出せなかったと。
だったら、私の友人に声をかけて予定を押さえてもらえばいいと閃いて相談したところ、OKをもらった、と。
「な、なにそれ!」
「、ビックリしてる」
「するよっ、え、だって明日からなっちゃんと旅行するつもりで準備だって」
言いながら、自分の中で色んなことが合致してくる。
おかしいと思ったんだ。
こんな時期に旅行だって言うのに行き先は秘密、だとか、すごく期待してて、とか、友人の様子は振り返ってみればいつもの遊びに行く感じとは異なっていた。
真ん前の翔陽がニコニコとうれしそうなのが、もう、なんか。
「……しょーーよーーーー」
「って焦った時も可愛いよな」
「そう、じゃなくって」
「明日から一緒に大阪だっ」
「あのさ、そうやって言えば付いてくと思って」
「え、来てくんないの?」
あっけらかんと口にして、翔陽は私の顔をのぞきこむ。本心を見透かすように、いや、とっくに結論なんかわかった上で言っている。
でも、それが、なんだか、とてもくやしい。
うれしくて、それでいて負けた気分だ。
コタツの布団を引っ張って顔をうずめた。
翔陽がまた私に覆いかぶさる。
「? どした?
明日から俺と大阪、いやなの?」
「いやじゃ、ない」
「じゃあなんで顔見せてくんないの? うれしくない?」
「うれしい、けど」
「けど?」
押しつぶされはしないけど、ぎゅうぎゅうと抱きつかれるのがくすぐったくて観念して顔をコタツから離した。
翔陽がすぐにこっちを覗き込む。
「けど、なに?」
「……ビックリした」
「ごめん」
「謝んなくていい」
「じゃあ、俺、どうしたらいい?」
どうしたら、って。
こんなやさしい眼差しを受けたら、私のことをどんな風に想ってくれているかなんて、もう、ぜんぶわかる。
せまい狭いコタツのなかで、ぐるりと体の向きを変えて、翔陽に抱きついてみせた。
「翔陽の、ほしいもの、教えて」
身体を離し、翔陽の両の瞳を覗き込む。
私の方こそ翔陽の奥底に潜ってみたくなった。言葉よりすぐに感覚が降ってきた。思っていたよりは短かったのは、翔陽の優しさだったと思う。
「俺は、がいてくれたら、それがいい」
「……いま、しあわせってこと?」
「う、ん」
翔陽は少しだけ目を伏せ、頭にかろうじて引っかかっていたサンタ帽をはずし、真っ赤な上着を片手で外し始めた。
視線がもう一度ぶつかった。熱く、光る。
「、……もっと、くれる?」
捕食される動物は、こんな気分なんだろうか。
明日じゃダメなの?
驚かされた仕返しに意地悪してみたかったけれど、こんなに誠実な手のひらを誰が追い返せるんだろう。
遠慮がちにサンタ服をずらせば、今度こそ翔陽は本気でキスを始めた。
end. and sweet time goes on...