ハニーチ





夜の正しくない過ごし方の最中。

寝る時間など翔陽にすべて任せて、ひっつきあっていると、翔陽がポツリとこぼした。


が会いに来てくれた時、


いっしゅん、


さよなら、言いに来たのかと思った。


 って。







「一瞬な!!

 違うって知ってるけど、ほんとに、一瞬」


あまりにもばかげていて言葉を失うと、翔陽が焦って、離さないからな!!って言葉通りに私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。

息もしづらい。

落ちつかせようと背中をなでると、少しだけ腕の力がゆるんだ。


「翔陽も、そういうこと考えるんだ」


ふつうの人みたいだ。


、俺をなんだと思ってるんだ」

「だって、翔陽、私のこと信じてくれてる」


いつでも、どんなときも。

まるで物語の中のヒーローみたく、裏切られるかもって少しもよぎったりしない。

光のなかが、似合う人。

心配する必要ないこと、ちゃんとわかってる。

そんな風に説明すると、照れたのか、はずかしかったのか、よくわからないけれど、翔陽が私の肩にもたれてきた。
ふわりと頬に翔陽の髪がふれた。



から連絡、あるって思ってなかった」


最初は、単純にうれしかったそうだ。

でも、そのあと。

のことだから、大事なことは顔を見て話に来たんじゃないかって想像したそうだ。



「……そりゃ、大事なことだけど」


言葉を区切って、少し現実的なことを思い返す。


「お別れのためだけに、ここまで来るの、キツい」

「だ、だよなっ、わかる!」


あり余る資金も時間も持ち合わせていないので、二人よぎった現実にため息をしばしついた。

翔陽が身体を起こしてベッドの背もたれに座り直し、ぽんぽん、と隣をたたいて、私を呼んだ。

呼ばれるがままに隣に収まって、今度は私から翔陽にもたれた。
自分と違う体躯、前に会ったときよりも、また一段と鍛え抜かれていた。
次会う時、どんなだろう。

いまさら部屋にモノクロの写真が飾ってあったことに気づいた。

この部屋に来てからもずっと、翔陽のことばかりだったと気づかされた。



、だいすきだ」


意識を引き戻される。知っていた。

シーツの中から翔陽の手を探り当て、指先を絡めた。

ほら、恋人繋ぎ。

見せびらかす相手もいないのに、ほれぼれと眺めた。

翔陽の指、私のゆび。

きちんとつながっている。





翔陽がまた私を呼んだ。

飽きるほど呼んでもらったはずなのに、もっと呼んで欲しいと密かに願った。
聞き飽きる自分も想像できない。

しばし甘えてから、聞かれる前に答えた。


「明日、夜の飛行機にのる」

「そ、か」

「その前に、さ……

 無理だったらいいんだけど」

「いい!!」


まだ何も言ってない。

けど、翔陽は、私のお願いならなんだって叶えると豪語した。まったく、本当に気が早い。


「翔陽だけで決めれることじゃないよ」

「?なんだよ」

「もし、時間が合えば、挨拶したいなって」

「あいさつ? だれに?」

「翔陽が、こっちでお世話になってる人たち」


はるばる飛行機に乗ってここまで来たんだ。

1番の目的は翔陽に会うためだけど、せっかくだし、今までありがとうございますってお礼と、翔陽の残り一年(もないけど)をどうぞよろしくってきちんと頭を下げたい。

そのために、お土産もたくさん持参した。
翔陽に託したけど、叶うなら顔も合わせたい。

翔陽は、ペドロは喜んでたってさらっと答えた。
同じ下宿先にいる人だそうだ。


「じゃあ、その人にも挨拶して、あとは、ビーチバレーのコーチの人ね」

「今日会っただろ」

「ちゃんと教わってる人はルシオさんでしょ」


知ってたんだって、翔陽は目を丸くした。

私を誰だと思ってるんだ。


「好きな人のことわかりたいの、翔陽だけじゃないんだからね」



「なに」

「キスしたい!」

「我慢して」

「なんでだよっ」


話はまだ終わってない。

翔陽は物足りなそうにうずうずしていたけど、きちんと私の言うことに従って、大人しくこちらの様子を窺った。


「話って?」

「挨拶にいく話」

「いいよ、みんないるかわかんないけど、タイミングあると思う」


それよりさって、また翔陽に話を変えられる前に言った。



「私のこと、……恋人として、紹介してね」



聞かされた話が不意によぎって、つい、念のため、付け足した。
別に、心配してるわけじゃないけど、なんか、その、ちゃんと周知したくなった。

翔陽には、ちゃんと恋人がいるって。

なんだか、子どもっぽい気もしたけど、日本とブラジル、距離があるから。

ところどころかいつまんで翔陽に説明したものの、返事はない。

翔陽は、また固まっていた。

おーい。

手を目の前で振ってみせると、がしっと、その手はつかまった。

視界が反転し、気づけば押し倒された。


「本当にいいのか!? 俺の、恋人だって、言って!!友達じゃなくて!!!」


余りの勢いと言葉に、思わず失笑した。

もしかして、下宿先に電話した時の言い訳でも気にしてたんだろうか。

当てずっぽうで口にすると、図星だった。

そんなの、ただの詭弁だ。

重力に逆らって身体を起こし、愛情込めて翔陽の唇にふれた。外国の人たちみたく、ほんの少し、情熱的に。

翔陽ははにかんだ様子で、けれど、急な私の態度に戸惑ってもいた。


「私、友達に、こんなことしない」


それより、ぎゅってしたいと思った。

テレパシーかな、言葉にするより早く翔陽に抱きすくめられた。
背中に回る腕も、首筋に埋まる感覚も、触れ合う胸も、肌も、いたるところ全身ぜんぶ、愛情でみたされた。

ぬくもりは愛で、生きている証拠で、しあわせだと思う。

すぐそばで翔陽の声が響く。鼓膜だけじゃなく、肌も伝う。


「世界中に、は俺のだって言いふらしたい」

「そ、それは遠慮する」

「なんでだよ!」


なんでって、こっちが、なんでそこまでしたいか理由が聞きたい。
でも、聞いても、翔陽のことだ。何言ってるか理解しきれないだろうから、質問はしなかった。

それよりまだお願い事がある。


「なに!? のお願い、なんでも聞くっ」

「ダメなら、ダメでいいんだけど……」


ドキドキする。

お願い事をするときは、断られてもいい覚悟をするから、いつだって緊張する。











「電話、したい。



 私が、日本に帰ってからも、1週間、は、無理でも、2週間、ううん、1か月に1回でもいい……声聞きたい。


 連絡も、ほしい。


 グループあるけど、……個別にほしい。



 あのね、別に、なにかあったわけじゃないの。


 翔陽が、行くって決めた時にも、話したけど、ちゃんと、自分で立ってられる。



 やること、たくさんあるし、毎日、楽しい」



充実した日々、あっという間に過ぎていく日々。

翔陽が旅立って1年以上、別に泣いて過ごしたり、かなしすぎてやる気が起きない、なんて日は1日もなかった。


楽しくて、前に進んでいる。

絵にかいたような、理想的な毎日。






「だけどね、カレンダー見たら……さ」





ダメだった。



もう、1年も連絡ないんだって。話してないんだって。顔も、見てないんだって。

翔陽のことは、ぽつり、ぽつりと不定期に入るグループの連絡で垣間見ていた。


翔陽なら大丈夫。
しってる。わかってる、つもりだ。

翔陽のことは、他の人より理解しているつもりだった。


けど。




「会いたくなった、翔陽に。

 誕生日祝いたかったの、ほんとうだけど、たぶん、ううん、私が、会いたかっただけなの」




大丈夫だって思ってた。実際、大丈夫だった。これからもきっと大丈夫。



だけど、会いたい気持ちが押さえられない。

顔も、声も、考え方も、きっと“だいじょうぶ”だってことも、わかってる。


「わかってても、翔陽に会いたかった。

 声聞きたい。少しでいいから、翔陽、翔陽のなかに、ちゃんと、いるんだって、私のこと、忘れてないって」

弱くて、ごめん。

翔陽が涙をぬぐってくれても、いつまでもあふれて、とまらなくて、翔陽がティッシュを持ってきて、また当ててくれた。

可愛くない。かっこつかない。

我慢できない。


「1か月に1回で、いいから」

「わかった。 連絡する、1週間に1回」

「いい、1か月」

「1週間に1回っ。 あと、そうだな、連絡……連絡か。 、なに送ってほしい?」

「なんでも、いい」

「なんでも、か。 そーだ!」


翔陽がスマホを手に取って、写真アプリを開いてみせてきた。


「こういうの、どう?」

「食べ、もの、なの……?」

「ち、ちゃんと食えるからな、これでも!」


どうやら翔陽の自炊の成果、だそうだ。



「毎日何食べてるか記録しててさ、それ、に送るっ。 誰かに見てもらう方がサボんなくて済みそうだって思ってた。

 あ、そういうの、嫌!?」

「ううん……、うれしい。 写真だけでいい」

「ん、サンキュ」


少しだけ涙の収まった私を見て、翔陽が満足げに微笑んだ。


「お礼言うの、私なのに」

のワガママ聞けるの、俺の特権じゃんっ。

 ……どうした?」


実はまだ、ワガママがある。


ここまで来たら、はずかしい、なんて言ってられない。
翔陽にはなにもかもさらけ出していた。

意を決して告げた。




「待ち受け、私も映ってるのにしてほしい」




ちょうど翔陽の持つスマートフォンの待ち受けが一定時間を経て暗くなっていた。




「わかってる……。

 翔陽、私のこと、全部遠ざけてるよね」



同じだった。翔陽もわたしと同じ。

私が翔陽のことで、どんな些細なことだろうとも動揺するように、翔陽もまた、私のことで、きっとかんたんに心揺れ動く。

遠い異国の地での修行。

私は、やっぱり、ある意味においては“邪魔”なんだ。

心に誰かを受け入れること、誰しもきっと、弱点になる。
私がそうだ。
日向翔陽が私の弱点で、きっと、翔陽も。

最大限のワガママだと思った。

それでも。



「ちゃんと、形がほしい。なんでもいいから。 翔陽の中に、私の居場所があるって」


「わかった、そうする」


翔陽はすぐにスマートフォンを操作した。
さっきのSNS映えするところで撮った写真を待ち受けにした。

これでいい?って聞かれて、うなずくと、翔陽はスマートフォンを投げ出すように脇に置いて、私を抱きしめた。

強くなるって。

俺、強くなるからって。

翔陽の背中に腕を回した。

わたしも、強くなりたい。切に思う。




「……弱くて、ごめん」


「それは、弱いってことじゃないと思う。

 を支えて守るのが、俺の役目だ。

 、俺、いま、うれしい。

 うれしいからな」


抱きしめあうことと、見つめあうこと。


どうして同時に出来ないんだろう。


じれったくて、はがゆい。

しあわせな悩みだった。




「嫌いに、なってない?」

「もっとすきになったっ。 実はさ、俺も言おうかと思ってた」

「なにを?」

「連絡のこと。 に会ってわかった。

 俺にはが必要だ。

 ……これでも、少し、不安になる、海外」


翔陽は言葉を切った。


と連絡着いたら、気ゆるむって。 こっちでちゃんと、バレーを続けるために強くならないといけない、から、に甘えないようにって。

 は、俺の、大切な人だから」



会って分かった。



「俺にはが必要だ。

 大事なんだって、知ってたけど思い出した。


 もっと強くなるために、俺はのこと、毎日想う。

 連絡しようっ、電話もさ」


晴れやかな日差しを、浴びている心地がした。

湿度の高かった感情が翔陽のあたたかさに溶かされ、ほぐれていく。

翔陽といると、いつもこうだった。

うれしくなって頷いた。


「そうしようっ、回数と時間は厳守ね」


、そういうところ、ちゃんとしてるよな」

「いつも話したら止まらないから、気を付けないと」

「わ、わかってる」


思い切って抱きついた。
自分がどんなに大胆になったか。
限られた時間のなか、すべてを伝えるには、迷っている時間すら惜しかった。

ぜんぶ、伝えたい。ほんとうに、全部。

時間が止まってほしいのに、翔陽のこれからをもっと見てみたい。
何が起こるかわからないけど、翔陽が言っていたように、不安すらも、楽しみにしたい。
いろんなことをしてみたい。翔陽と、翔陽がいなくても、どこかで翔陽につながってるはずだから。
離れてる間も、そばにいるように過ごしたい。



、それさ」


「なに?」


「プロポーズ?」


「えっ、ど、どこが!?」


「なんか、そうっ、聞こえた。

 俺の勘違い?」


「ひ、ひみつ」


「秘密って、なんだよ。 ちゃんと答えろよ」


「もう、寝よっ」


!」



隠れようとしたシーツは翔陽にはぎとられた。

ぎゅっと身体を丸めてみたけど、翔陽はぺろりと舌なめずりした。



「ワガママさ、俺のも聞いてくれる?」



限られた時間の中で、

 理性を置き去りにして、ときに愛を感じあうことも、きっと必要なんだって。

終わってみてから説明づける。

もう無理、それでも、欲しくなる。

みたされている。

満ちていく。


毎日の食事みたいだと思う。

日々の運動とも。

毎夜の睡眠みたいだとも。


この人が、生きていくうえで、“必要”なんだ。

そして、翔陽にとって、私も。























「翔陽」

「ん?」

「ここでいいよ」


空港に向かうバスが、ちょうどやってきた。

翔陽は私の荷物をまだ持っていた。


「荷物預けるまではやる」

「優しいね」

には特別優しくしたい」


バスは見たところ、空いている様子だった。
やっぱり旅行する時期じゃないんだろう。

必要なチケットを見せて、荷物はバスに積み込まれた。


「翔陽、またね」

「ああ、またな! 日本着いたら連絡しろよ、無事についたか気になる」

「わかった」


他のお客さんが運転手さんとやり取りしているのが見えた。

バスに乗り込む前に踵を返し、翔陽に飛びついた。


「翔陽っ、

 翔陽っ、

 ……翔陽」


何度も呼んだ。
翔陽はぎゅっと私を抱きしめ返した。


「いま、私がなんて言ったかわかる?」

「俺もすき、だいすき、愛してる、


それと、口づけが一つプレゼントされた。


「次に会う時、もっと好きになってもらえるようにがんばる!」


もう一度、勢いをつけて、今度は私から重ねた。


「またね、翔陽っ。

 待ってるから、いってらっしゃい!!」


少し間をおいてから、いってきますって翔陽の返事がかえってきた。

窓際の席にすわって、すぐ窓を開けた。

周囲の視線かまわず、しゃべって、一生懸命手をのばし、指先だけふれあった。バスが動き出すまで。うごいても、みえなくなるまで窓に張り付いた。


バスのwifiにつなぐと、早速届いた。

すきだ!!!!!

翔陽からだった。

私も、と入力している途中だった。

着信:日向翔陽

すぐに、通話ボタンでこたえた。

この気持ちぜんぶ、届けたい。
どこにいても、これからもずっと。



end. happy birthday and happy days!!

手を伸ばして