とある未来のハロウィン前日
「トリックオアトリート!」
ばたんっ、とものすごくいい音を立てて日向君は床に倒れた。
つまり、自分のマントを踏んづけてこけた、ということだ。
思わずお菓子を用意する手を止めて駆け寄った。
「だ、大丈夫?冷やす?」
「くっ……、いい、大丈夫」
「どうしたの、その格好」
「ドラキュラのマントっ。貸してもらった中にあった」
今日はハロウィン前日だった。
皆でイベントに行こうという話で、日向くんの部屋で先輩に貸してもらったという衣装をひっくり返していた。
どれを選ぶにしても、自分で踏んづけてしまうマントは絶対やめた方がいい。
「他のにした方がいいよ」
「ドラキュラ、かっこいいじゃん!」
「ほら、狼男とかは? ドラキュラと同じ牙もあるし」
「えーかっこよくない!」
「じゃあミイラとか。包帯巻いたりさ」
「そういうは何着んの?」
「これでもかぶっとこうかなって」
いわゆる、つばの広い魔女の帽子を手に持った。
よくあるデザインで面白みはないけれど、定番故の手軽さはある。
部屋の中だけど帽子をかぶってみると、床に座った私たちはどちらともなしに笑った。
「可愛いでしょ?」
「うん、すげーかわいい」
ふざけて言ったつもりだけど、直球が返ってくるのはいつものことなので、嬉しく受け取った。
「じゃあ、私はこれで。あ、おそろいにする?」
「えーでももうちょっとかっこいいのがいいなー」
「月島くんはね、魔法学校の主人公の格好だったんだよ」
スマートフォンに届いていた写真(というか盗撮?)を表示して日向君に見せた。
丸眼鏡もけっこう似合ってるじゃないか。
本人がいないので安心してほくそ笑んだ。
急にかぶっていた魔女の帽子が日向君の手によって外されて、ベッドの上に置かれた。
「どうかした?」
「と、とりっくおあとりーと」
急に言われた、2回目の魔法の呪文。
もちろん意味はわかる。
すぐそばにあった包みを日向くんに差し出した。
「はい!」
「な、なにっ……これ」
「お菓子くれないと悪戯するよってことでしょ? だから、お菓子っ」
皆に配るために用意していたお菓子の包み、日向くんがいつまでも受け取らないから膝の上にのせた。
日向君はそれをつまみあげて、しげしげと眺める。
そして、はあっとため息をついた。
そんながっかりするお菓子だったかな。
確かにばらまき用で丹精込めて用意した訳じゃないけど、けっこう自分としては好きな種類だったのに。
「はこういうの準備いいよなー」
「なにが?」
「お菓子用意されたらいたずらできない」
「いたずら、したいの? いいよ」
床に座り込んだまま、軽く降参のポーズをとる。
「そう、じゃ!なくて!!」
「えーー? どうしろと」
日向君が突っ伏したかと思ったら顔を上げて、こちらを見上げた。
「もっと、こう、こうさ! おれみたくなってほしい」
「おれみたく?」
「はさ、その、わかってない」
身体を起こした日向君が腕を組んで、もう一度はわかってない、わかってないと呟くもんだから、とりあえず同じようにベッドに寄りかかって隣に座った。
ついでに肩にもたれかかると、わかって、ない、と言葉がストップされた。
甘える、という行動は、正解だったらしい。
「、ずるい……」
日向君が片手で顔を覆った。
さすがの私もわかる。
日向君は、ちゃんと、私のことが好きだ。
嬉しくてそのまま肩にもたれていると、もう一方の手が髪に触れて優しく撫でられた。
「、わかってやってるだろ」
「なにが?」
肩にくっついたまま日向君の様子を伺うと、目が合った。撫でる手が止まった。
「おれ、オオカミになっていい?」
「おおかみ? いいよ?」
どこか不格好な狼マスクが足下に転がっている。
ついでにさっき日向君を転ばせたヴァンパイア様のマントも適当に広がっていた。
不意に視界は遮られた。
「!」
「許可、もらったから」
そこでようやく自分が理解したそれと、日向君が言った単語の指し示す意味が異なることに気づいた。
部屋の明かりをバックにした日向君の影におおわれる。
影、じゃない。
日向翔陽が一気に近づいた。
「他のヤツの名前なんか、ぜったい言わせないからな」
他のヤツ、と言われて何のことかと思えば、そういえばさっき月島くんのことを口にした。
……気にしたの?
あんな、その、ちょっとで?
反論は喉元のまま、忍び込む熱でそれどころじゃなかった。
end... and...Happy Halloween!! .. .