ハニーチ

当日の朝方まで




帰宅してから数時間。


何度もなんども、何回も。


翔陽と満たされて、足らなくなって、また求めて求められる。

自分の部屋、いつもの天井、床、シーツ。
なにもかも変わらないのに翔陽といるだけで、いや二人してこんなことしてるから違う場所に流れついた気分だ。

こんな余裕のない翔陽、はじめて見た。

こんな目つき、前にも見た気がするのに、また全然知らないカオになる。

射貫かれる。暴かれる。
私ばっかり“あられもない”姿をさらしてしまった。
消えたい。

なくなりたい。



「なんで?」


今さら相手が起きていることに気づいた。

抱き寄せられる。
無防備なつぶやきが確かに相手に拾われてしまったと実感する。

どうやってごまかそう。
そう思っても、こんな布一枚の隔たりもない至近距離じゃすべて丸裸だ。

見飽きたっておかしくないくらい、あんなに絡めあった眼差しにまた動揺する。


「な、なんでもないよ」

に消えられたら、おれ 困る」


真剣な声色で言われつつも、その時はきっと別のステキな誰かがここにおさまるんじゃないかと思ってしまった。

言葉にしなかったはずなのに、こちらの考えを知ったかの如く翔陽の腕は私の腰を引き寄せた。


「ちょっと翔陽」

「いま考えたこと言ってみて」

「やだ」

、変なこと考えたろ」


肌を這う感覚に気を取られるのに、翔陽の瞳が逃げることを許してくれない。

熱をかき立てられる。
なんとか元の空気に戻そうと、いつもの食卓を指差した。


「おなかすかない? いい加減ごはん」


それは、おだやかな拘束だった。

翔陽のすべてが覆いかぶさって再び私を押し戻そうとしていた。


、ごまかすの下手すぎ」

「ごまかしてなんか……」

「何回も言うけど、がすきだ」

「し、知ってる」


散々思い知らされた。
耳でも、目でも、その他でも。



「じゃあ、さ。

まだ足んないってこと?」



そう言って目も閉じずにキスをされた。
された。された。

飲み込まれそうになるうちに、散々味わった感覚が迫ってくる。

すき すきだ。

全身で伝えられているかのようだ。追いてかれそう。息さえ、つまる。

酸素の足らない頭で、なんで言ってないのにわかるんだろと考えた。

いや、本当はわかってないんだ、絶対。

時間を重ねるごとにどれだけ好きになれるか、好きになれる分だけ不安になるか。


、動く」


翔陽もおんなじくらい、余裕ない ?

思考、ぜんぶ、吹き飛ぶくらい揺さぶられて、深くふかく沈んだ。













「どこいくの?」


私が起き上がろうとすると、すかさず捕まえられた。

さっきまであんな雄々しかった翔陽は、まるで子供みたいなトーンでそう言ったから、さっきまでと違って、今度は優しく髪を撫でつけてみた。

当の本人は少し不満げだ。


「子ども扱いしたな」

「してないよ。好きだなって思って」

「!」

「いま、照れたね」


笑うと、照れた様子のままに翔陽も身体を起こして、元通りに私は腕に収まった。


「あの、翔陽さん」

「なんですか」

「ほんとにおなかすいたんですが」

「おれも……」

「だったら離して」

「なんか作るの?」

「うん」

「だいじょーぶ?」


言われてみて、身体に残るたくさんのたくさんの爪痕に思い至った。
ぼんやりしている内に、翔陽の方が立ち上がって身なりを整えた。

立派な背中に、さっきつけた痕跡を見つけてしまって、わかっていてもはずかしくなった。
振り返った翔陽が『見惚れてた?』って笑うから、そうだよってすかさず返すと、翔陽の方も固まった。


「作ってくれるの?」

「おう。、食べたいのある?」


もう日付は変わってしまっていて、奇妙な時間帯だ。
夜ご飯でも朝ごはんでもない。

何でもいいって言うと、卵かけご飯になりそうだ。


「オムレツ、バターいっぱい使ったの」

「りょーかいっ」


翔陽がやってくれるから、ひとり布団に舞い戻った。

翔陽の、匂いがする。

こんなにした後なのに、なんであんなけろっとしているのか。
そりゃそうか、いつもあれだけ活躍してるんだから。

ほんと

体力すごい。


遠い昔の翔陽をコートの外から眺めている夢を見た。

日向くん、

そう呼んでいた、あの頃。






、寝てた?」

「んーん……」


お皿には、きれいな形をした、要望通りのオムレツがのっかっていた。
行儀悪いなと思いつつ、服も着ないで、翔陽がお皿を置くのを待ってから抱きついた。


「トリックオアトリート」


日付をまたいだ31日、ハロウィン本番。

ようやく紡いだ魔法の合言葉、翔陽は目を丸くしてこちらを見つめ返した。


「おっ、オムレツでいい?」

「だめ」


だって、お菓子じゃない。
甘くない。

指先で、翔陽の唇をもったいぶってなぞってみせた。

ごくりと息をのむのが分かって、さらに身体を近づけた。


「じゃ、ごはん!」

「!!」

「あったかい内に食べたいし。いただきますっ」

、今さ」

「なーに?」


さっきまでの仕返しとばかりに微笑んで見せると、ずるいって呟きが漏れ聞こえた。



end... and...Happy Halloween!