着いた先は、町のすみっこにある携帯ショップだった。
日向君は私を店の前で下ろすと、『自転車見てて』と残して店内に入ってしまった。
まさか長年使ってきたガラケーをやめてスマートフォンデビューでもするんだろうか。
でも、この店舗は出張所だったはず。新しい機種にする場合はもうちょっとにぎやかな場所にあるお店じゃないとダメだったような。
あ、もしかして、連絡ずっとなかったのって……
「お待たせっ」
お店から出てきた日向君の手には、やっぱりあのガラケーがあった。
「あの、壊れてたの?」
「ん?」
「その携帯」
「うん、こないだ蹴っ飛ばしちゃて」
「蹴っ……」
「データ、ちゃんと取り出せるようになったって。よかった」
「そ、そうなんだ」
「だってさ、二人で撮った写真、いっぱいあるじゃんっ。全部消えたらすげー困るし」
「あ、まあ……私の写真、送ってもよかったけど」
「それはそれ! おれのでしか撮ってないのもあるから。寝顔とか」
あえて、つっこまないでおいた。
日向君がカバンをごそごそと探り出す。
何が出てくるかと思えば、ずっとつけていたストラップだった。
使い方が過酷なんだろうか、私が持っているものよりもずっとボロボロだった。
「それ……ひもが切れそうじゃない?」
「まだ切れてないよ!」
「また落としちゃったら」
「大丈夫、もう買い替えるから」
「あ、そうなんだ」
おそろいのストラップだから、あっさりそう言われると少し寂しい。
「なんかこの機種すげー古くて3月末までに交換してほしいって言われてさ」
「あ、そっちの話」
「そっちって?」
「ううん、なんでも……。とうとうスマートフォンデビューするんだ」
なんだかんだガラケーのまま来ていた日向君がついに新しい機種に乗り換えるというのは感慨深い。
それに春からデビューだと区切りもよさそうだ。
「そしたら使い方教えてよ」
「あ、うん、もちろん」
「それとさ、カラオケ行こう」
「カラオケ?今から?」
「そうっ」
時間的にも問題ないから自転車を押す日向君の隣を歩いて、よく入ったカラオケ店に向かった。
途中、コンビニで飲み物とお菓子を買った。
持ち込み自由で学割有の3時間コース。
その代わり、入っている機種が旧式で、新曲が入るのは遅い。
部屋もそんなに広くなくて、二人並んで座って、後は荷物を置けるくらいだ。
会うの1か月以上ぶりか。
でも、会ってしまうと、日向君の笑顔を向けられると、結局全部吹き飛んでしまう。
2、3曲それぞれ歌ってから日向君がリクエストを入れないから、私は特に指摘せずに最後の曲を歌った。
いつもなら演奏中止ボタンを押して次の曲にするけど、視線に気づいてリモコンには触れなかった。
日向君は黙ると、前よりずっと大人に見える。
「あの、……今日まで、合宿だったんだよね?」
「そう」
「すぐ帰ってきたの?」
「うん」
「東京だよね?」
日向君は淡々に頷くけど、けっこう大変だったんじゃないだろうか。
「今回は新幹線だったから、あっという間だよ」
バスで毎回遠征していた時よりは楽だろうけど、そのあと自転車に乗って学校まで来るとはさすがすぎる。
「会いたかったからさ。に」
ソファに触れていた手に日向君のが重なった。
手はさっきより暖かった。
「よ、よく部室にいるってわかったね」
「なんとなく。受験合格したって聞いたからなんか作ってそうだなとは思った」
「あ、知ってたんだ」
「月島に聞いた」
あの月島君がよく私のことを話題にしたなと感心していると、日向君の手に少しだけ力が加わった。
「ちょっと、悔しかった。1番じゃなくて」
日向君は私を見ていた。
すごく、すごく見つめている。
「あの、その……、ごっごめんね。会えないと思ってたからチョコ用意してなくて」
「14日過ぎた方が安いもんな」
それは、後輩と話していた内容だ。
「日向君、聞いてたの!?」
だってその会話って日向君が部室に入ってきた時より結構前だ。
だったらもっと早く入って来てくれてよかったのに。
「なんでおれ宛のないか聞きたかったし」
「ずるい」
「後輩の前にいる、久しぶりだったし」
「そりゃっ、引退したから」
「うん、だから懐かしいなーって聞いてた」
「みんな、日向君の方に会いたかったと思うよ」
私は選手じゃないから。ただ、応援してるだけの人。
「今日のおれは、烏野バレー部の日向翔陽じゃなくって、の彼氏として部室に行ったから」
すごく自慢げに言うなあ、もう。
「我ながらいいタイミングだったと思うけどな」
「なんで?」
「すげー近かったから」
「あ……」
そういえば、後輩に迫られている、というと大げさだけど仲良くしている時にちょうどよく日向君は現れた。
「あれは挨拶みたいなものだし……」
「でもけっこう近かった」
「そう?」
「こんなだったよ」
古いソファは体重がかかるとギシッと鈍く音がする。
私の肩は壁にくっついてしまった。
「こっ…、んなに近くなかったよ」
「そう?」
「そう!!」
「後ろからだったからよくわかんなかった」
「ひ、日向君、からかってるでしょ?」
「だって、がすげぇ可愛いから。……ふぁに?」
せめてもの抵抗で、日向君の頬を軽く引っ張ってみた。
日向君は抵抗を見せずにこちらに身を任せていた。
悔しくて頬をつまむのをやめると、もう終わり?と楽しそうに笑った。
「日向君が引っ張ってほしいなら引っ張ってあげるけど」
「それよりさ、ここにいる時くらい『日向君』はなし」
「……」
「チョコないんだし、名前くらいいいじゃん」
「チョコ、なら……さっきポッキー買ってたじゃん」
「あ、そうだった!」
ようやく少し距離が離れてほっとした。
日向君がテーブルの上のビニール袋から、さっき買ったばかりのポッキーの箱を取り出した。
そんなにチョコが欲しかったのなら、差し入れのクッキーの数枚だけでも個装にしておけばよかった。
「はい!」
「ありがとう」
「あ、じゃなくて」
日向君が差し出してくれたポッキーの一本をつまもうとしたら遠ざけられてしまった。
「口、開けて」
「え……」
「おれが食べさせるっ」
なぜ、という疑問を問いかけても、そうしたいからの一点張り。
知っていたはずだけど、日向君ってやっぱりパワフルで、勉強ばかりしていた体力なしの私は圧倒されるばかりであった。
観念して口を開ける。
「いい子」
これが普通のカップルならもうちょっと甘い雰囲気になるのかな。
妹さんに食べさせてあげている感覚なんだろうか。
なされるがままチョコの部分に歯を立てようとすると、ストップがかかった。
今度は何だ。
ポッキーを銜えたまま日向君を見つめる。
と、まさか、反対側を日向君が食べ始めるとは思わなかったから、驚きのあまりのそのままポッキーを折ってしまった。
後ずさってもすぐ横は壁で逃げ場はない。
日向君が残りのポッキーをさくさくと音を立てて食べてしまった。
「な、にしようとしてたの」
「ポッキーゲーム」
「な、なんで急に」
「合宿でやったから」
「!!」
「OBの人たちが」
「そ、そう」
「おれは練習ばっかりしてたから参加してないけど、ちょっとやってみたかった」
今度は、日向君は普通にポッキーの一本を食べていた。
「こんなに会いたかったの、おれだけ?」
日向君がポッキーの箱をテーブルに戻した。
そこで、こんなお遊びも本当はただの口実に過ぎないということを悟った。
ただ、触れ合うだけの理由付け。なんだってよかった
私も同じだ。バレンタインデーくらい会うきっかけになるんじゃないかって一方的に期待した。
本当はチョコがあろうがなかろうがどうでもよかった。
ほんの少しの勇気を持って、二人で会う理由にさえなれば。
今度は私が日向君の手を握りしめて、しっかりと見つめ返した。
「会いたかったよ、ずっと。
……翔陽に」
ようやく表に出した本音のおかげで肩の力が抜けた。
もう一度、下の名前で彼を呼ぶ。
日向君、じゃなくて翔陽はとても嬉しそうに距離を縮めた。
もう確認を取らなくても互いの気持ちがわかる気がして、黙って目を閉じて答え合わせをした。
さっき食べたポッキーが正解の味だった。
end.
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おまけ
「なんか、すげぇ甘い」
「まだ余ってるよ?」
「、食べていーよ!」
「おなかすいてないの?」
「すいた!けど、ちゃんと帰ってちゃんとメシ食う」
「えらいっ」
「それ……、ちからぬける」
「なでられるのやだ?」
「やじゃない!けど!!」
「けど?」
「おれが甘えんじゃなくて、を甘やかすって決めてたから」
彼の腕が肩に回った。
「が甘えてください!!」
なんだか体育会系のノリそのままだった。
甘えるってなんだっけと思いつつ吹き出してしまった。
end. and happy Valentine's day!!