夜も更けたコンビニ帰り。
一人で歩くには用心のいる時間帯。
彼女は買い物袋を揺らし、自宅に急いでいた。
「へい!
……へい!へい! へーーい!
無視すんな、!!!」
「あれっ、木兎!?」
今まさにエントランスへ入ろうとしたを呼び留めたのは、他でもない、木兎光太郎だった。
木兎は組んでいた腕を外し、へ近づいた。
「ずっっと待ってたのに、そりゃねーだろう」
「いやっ、え、なんで、いんの?」
「連絡したろ、今夜行くって」
「はっ? 連絡?」
「ま、いーや、つかまえられたし。 行くぞ」
「え、どこに」
コンビニ袋の小さいサイズを腕に引っ掛けたまま、が首をかしげると、木兎が眉を寄せた。
「どこって、前に約束しただろ」
「約束?」
「うおっ、まずい!」
状況を飲み込めずにいるをよそに、木兎はすぐそばに停めてあった車に飛び乗った。
ちょうど1台、別の車が来ていた。
かなり大き目の車で、木兎の車の位置的にすれ違えなかったらしい。
木兎、運転できたんだ。
そんな感想を彼女が抱いているうちに、大きな車は走り去った。
もう一台、木兎の車の窓が下がる。
、と聞きなれたトーンで木兎はを呼んだ。
車に近づき、はしげしげと車内を眺めた。
「木兎これからどっか行くの?」
「帰ってきたんだ、強化合宿って言ってあったろ」
「そういや、そんなこと言ってたね」
「んなことより、、乗れ!」
「はっ?」
「、早くしろっ」
こんな時間から、どこに出かけるって言うんだ。
しかし、相手は木兎である。
は短くはない月日を思い返し、助手席のドアを引いた。
「おーーっし、出発だ! 、返事は?」
「おー」
「声が小さい!」
「おーっ!」
「おっし、じゃー行くぞ!」
満足した木兎がアクセルを踏み込む。
二人の乗った自動車が動き出し、このあたり一帯に静寂が戻った。
*
「高速のるんだ」
しばらく走っていたかと思えば、木兎の運転する自動車はスムーズに高速道路に入っていった。
「どこ行くの? 約束ってなに?」
「行けばわかる!!」
木兎は一向に話す気配はない。
は諦めて、膝上にのせていたビニール袋を手に取った。
横目で彼女の動きを把握していた木兎が言った。
「、なに買いにいってたんだ?」
「ソーダ」
「そーだっ?」
「なんか無性に飲みたくなってさ。
今年、アニバーサリーイヤーなんだって」
コンビニ限定、スペシャルラベル。
見せびらかすように運転席側にがペットボトルを揺らした。
炭酸水の泡が、道路沿いのオレンジライトに光るのが木兎の視界にも入った。
がペットボトルのキャップをひねると、炭酸の抜ける香りがした。
彼女がさっそく口をつける。
木兎がすかさず言った。
「、一口くれ」
「言うと思った」
が差し出したペットボトルは、彼女よりずっと大きな手で運ばれ、ひとくち、ふたくち、みくち、即座に中身は半分に減った。
勢いよくへ差し出すと、ペットボトルのなかでちゃぷん、とソーダ水が波立った。
「いいな、これ!」
「変わんない味だよね。 あ、ラジオつけていい?」
「いいけど、、聞くのかよ」
「ラジオ? たまにね」
それらしきボタンを押すと、すぐさま車内に二人以外の音声が流れ始めた。
ラジオのパーソナリティが次のラジオネームを紹介した。
夜も更けたこの時間帯に合うような、落ちつきある声色だった。
「チャンネル変えたいときは、たしか、その横のボタンな」
「たしかって、これ、木兎の車じゃないの?」
「そうだけど、いつもスマホと繋げて音楽流してっから」
「あー、そっちの方がよかった?」
ラジオ番組は、読み上げられたメールの主の思い出の曲を流し始めた。
「あ」
「お」
二人の声が重なった。
空いている高速道路の追い越し車線を、木兎の運転で車はどんどん加速する。
時期的なものなのか、たまたまなのか、他の車は少なかった。
点々と続くライトが一瞬で消え、またたき、また過ぎ去っていく。
「木兎、わかった?」
「これ、そうだよなっ」
「そ! ソーダのCMっ」
正解とばかりにキャップをひねったタイミングで、の持つペットボトルのソーダが揺れ光った。
一世を風靡したCMソング。
口に残る爽やかなソーダの味と共に、あのころを二人に強く思い出させた。
*
七夕も過ぎた高3の夏。
短縮授業、快晴、プール掃除。
ぎらぎらと照りつける太陽を、木兎はプールサイドに腰かけて見上げていた。
制服のままだった。
まくし立てたシャツ、ズボン。はだし。
脱いだ靴下は少し離れたところに上履きと一緒に置かれていた。
木兎の腰掛けたところから水が濡れ広がっていたのは、木兎の制服がびしょ濡れだったからだが、この日差しで乾き始めていた。
部活、ありゃ最高なのに。
なんでまたテストあんだ。
離れた位置に植木でできた日陰はあったが、木兎から距離も遠い。
元より隠れる気もない。
暑さをじりじりと感じていると、掃除も終えてひとしきり遊んでいた友人たちが木兎の前まで滑ってきた。
「木兎、なに黄昏れてんだよ」
「んー、部活やれねーんだよなーって」
木兎の返答に、友人たち二人が肩を揺らして笑った。
テスト前だから仕方ない、だとか。
だったら、プール掃除もやらせんなって話だけど、だとか。
まあ、ちょっと、やりすぎたよな、だとか。
朝会で騒ぎすぎたせいで先生から命じられた罰が、このプール掃除である。
「どーせ、この後、水泳部がもっかいやるのになー、なんで俺らが……
お、木兎やるか!」
プールの中へと降り立った木兎に、友達の一人がモップを武器のごとく構えた。
木兎は仁王立ちのごとく腰に手を当て、はーーっと長く息をついた。
モップで一戦を交える気のなさそうな木兎を前に、友人は武器なる掃除道具をプールの底についた。
「どした、木兎、ノリ悪いじゃん」
「なーんか調子出ねーんだよなー」
「来週テストだから?」
「そうじゃねーんだよ」
連想ゲームのごとく、部活がやれないからだ、明日の時間割がよくない、夏バテだ、夏風邪だ、友達が掛け合いのごとく例示しても、木兎は首を縦に振らなかった。
そうじゃない。
そうじゃなくって。
「そーーーーじゃねーんだよなー!」
「!なんだよ、急に」
「木兎のスイッチ、わっかんねー」
「バレー部のやつら呼ぶ? あ、2年の、なんだっけ、キセキの世代みたいな」
「あかし?」
「赤葦にはトスあげてほしいけど……、そうじゃねー」
ぶつくさと呟きつつ、ビーチサイドにもたれ、木兎は校舎を見上げた。
どこも短縮授業とあって、廊下を行き来する生徒の姿があった。
友人たちも真似て、日差しをギラギラまばゆく反射する校舎に視線を送った。
「あー、女子マネ呼びてー」
「ん? そっちの部にマネージャーいたっけ?」
「いないから、バレー部が羨ましいんだろ! そうだ、木兎、呼べよっ」
「なに?」
「このプールに女子求む!」
男子だけのプール、どこがいいんだっ。
半ば本気で叫ぶ友達に、木兎は顎に手を当てた。
「んーまあ、呼んでもいいけど、呼んだからって来るとは限んねーし」
「木兎はエースだから呼んだら来るだろ」
「そうだ、木兎はこの梟谷の誇る真のエースだ、木兎が呼べば来るっ」
「そ、そうか!?」
友達二人の下心にまったく気づかず、気分よく木兎が校舎を見た、そのとき。
「ーーーーーーーーーーーー!!」
「「!?」」
なにあれ、バレー部のマネージャーだっけ?
ちがう、だろ、隣のクラスの。
木兎と仲いいやつ。
木兎がぶんぶんと両手を振って合図を送ると、3階の廊下を歩いていたのほうも大きく腕を振り返した。
「ー、こっち来い! プールだ、プール! 涼しいぞっ!」
いや、聞こえねーだろ。
窓も開いてないぞ。
友人たちの冷静な指摘にかまわず、木兎がに呼びかけると、窓越しのが腕で大きな丸を作って走って姿を消した。
木兎は満足げに両手を腰に当てた。
「には、ちゃんっと、俺の声届いてたぞっ」
「ほんとかよ」
「は、いまこっち向かって全力疾走中だっ」
ふと、木兎は気づく。
友人たちのニヤニヤとした笑いに。
「なんだよ」
「いや、ほら、CM」
「ソーダのさ! 自販機に入っただろ」
「あー、なんかすぐ売り切れたやつか。 で?それが? んなうまいの?」
「じゃなくてさ!!」
熱弁する友達いわく、ソーダそのものよりCMに注目すべきで。
そのCMの見どころは、ちょうど同年代で人気急上昇中の女優が学校の制服のままプールに飛び込む瞬間、だそうだ。
きらめく飛沫に、ひらり揺らめくスカート。
夏の日差しにさらされる素肌。
「ってけっこうあれだよな」
「あれって……なに? がなんだよ」
ごにょごにょと、急に声をひそめて耳打ちされる。
木兎が目を身開いて驚き、二人を見た。
「お、俺はそのために呼んだんじゃねーよ!!」
「皆まで言うな、わかってる」
「そうだ! 俺たちはただ、スカートでプールサイドに立っててくくれば十分」
「なにが十分?」
うああぁっ、
との呼びかけに驚き、滑りやすいプールのなかで横転した一人、に巻き込まれたもう一人、に引っ掴まれて二人を下敷きにした木兎光太郎を、プールサイドからは見下ろした。
木兎の視界に飛び込んできた彼女。
いつも以上に特別にみえるのは、つい先日、久しぶりに一緒に過ごしたからなのか。
風になびく髪を耳にかける仕草も、木兎の目にはなぜだかコマ送りのように映った。
せっかく渇いた制服がすぐさま水を吸い込んでいくのにいつまでも気づかなかった。
は少し息を切らしていた。
木兎の言葉通り、本当にここまで全力疾走したのかもしれない。
無性にまぶしく思えて、木兎は目を細めた。
彼女の背景が、直射日光を跳ね返す校舎だからか、それとも。
「木兎」
彼の思考をとめたのは彼女が彼を呼んだからで。
飛び跳ねたのは、水飛沫じゃなかった。
は続けて言った。
「そろそろどいたげたら?」
「んん!?」
木兎に下敷きにされた二人がのされている。
は声をあげて笑った。
木兎は二人を起こしている最中に、が口を挟んだ。
「木兎、ごめん」
「なにが?」
「ジャージ、勝手に借りた」
プールサイドにスカート、ではなく、ジャージのズボン姿だった。
上は木兎も持っている去年のクラスTシャツ。
木兎自身は面倒くさがって着替えなかったが、一般的にイメージするプール掃除そのものの格好だった。
ただし、ズボンのサイズは全くあってない。
裾が余っていて、足首まで隠れている。
「、足短すぎねえ?」
「木兎のロッカーに短パンなかった」
「昨日持って帰ったからなー」
「巻いてもすぐ落ちてくるんだよね」
がしゃがんで、足の長さで余った分のズボンの裾をくるり、くるりと巻き上げる。
その姿を木兎が眺めていると、友人たち二人は掃除道具をまとめてプールから上がった。
木兎が声をかけると、打撲したから保健室に行く、だそうだ。
「あんなんで怪我するかよ」
「まー、うちのエースを守ったんだから、本望じゃない?」
ふっ、と木兎は息をついて片手を伸ばした。
「降りてこいよ、きもちいーぞ!」
「木兎のジャージ濡れるけどいいの?」
「すぐ乾く!!」
が見上げると、太陽はまだ高い位置にあった。
掃除に使ったホースからずっと水が流れ続けている。
ひととおり洗い終えたプールは、水こそ湛えてないものの、緩やかに流される水流で水たまりのようにきらめいていた。
も誘われるまま、転ばぬように注意して水のないプールに足先をつけ、立った。
その姿を見届けると、木兎は合図もなしに走り出した。
木兎が踏みしめるたび、水が跳ね、すべり、勢いのままスライディングするかのごとく、木兎が突っ切った。
「どーーだっ、、お!?」
「上手いでしょ?」
同じように器用にすべってきたが、すぐ木兎に追いついた。たぶん体重のかけ方が彼女の方が上手かったのだろう。
それに気づくと、木兎が挑戦的にを見た。
「勝負だ、!!」
「しょーぶ?」
「こっからあそこまでの滑り勝負だ!」
プールの端から端、すべり勝負だけあって、走るのではなく滑って先についたほうが勝ち。
シンプルな勝負方法だ。
「いいけど、なに賭けんの?」
「賭けって、いいのか?」
「なにが?」
「、夏に向けて貯金してるって」
「え、なんで知って」
「食堂で騒いでただろ」
「あー……、じゃあさ」
が空を見上げて言った。
「負けた方が自販機の新商品おごりってことで」
「新商品?」
いやでも浮かぶ、CM。
「あのソーダっ、じゃ、スタート!!」
「ぬあ! ずりーぞ、!」
「ぼんやりしてる方が悪い!!」
勢いをつけ、己の体重と体のバランスでスピードに乗り、水しぶきをあげてすべっていく。
「うあっ!!!」
掃除したてのプールの底はうすくみずをはっている。
それは、とても、すべりやすく、
ふたりとも、よくすべり、
すべって。
予想できる顛末となった。
「木兎、生きてる!? 木兎!!!」
逆光、まぶしく、ただ、だとわかる。
水滴が、の髪から伝って、木兎のおでこに落ちた。
木兎はやっと転んだことを自覚し、片手を額に当てて体を起こした。
それなりの勢いがあったものの、負傷と呼ぶほどではない。
をきちんとかばうことができた事実にこそ、木兎は密かに安堵した。
彼女の心配を振り払うように木兎は自分の髪をかき上げた。
「だーいじょーぶだ、。 ちゃんと生きてる。そっちこそ大丈夫だったか?」
「ん……」
「すげースピード出たな」
「ソーダ、わたしが奢る」
「いいって、引き分けだろ、こんなん」
「木兎、あと2人どした」
掃除の様子を見に来た先生が、姿の見えない男子2人を探してきょろきょろと首を回した。
が保健室に行きましたと答えると、また騒いだのかと呆れた様子で頭を抱えた。
「まあいい、水止めて上がれ。 あと、こっちでやるから」
「へーいっ」
ホースを回収すべく木兎が動くと、は見つけた掃除用具を拾った。
「先生、スポンジは?」
「バケツにまとめてなかったか? あ、そっちあるぞ」
「はーい」
「ん? そいや、なんでがいる?」
俺が呼びました。
木兎が答えるより先に、が答えた。
「木兎枠です」
「木兎枠……ってなんだよ、」
「シード権的な?」
「シード? んじゃ、一回戦なしか」
「そうなるね」
「じゃあ、二回戦はどうなんだよ」
「それは、「アホなことしゃべってないで片付けやれ」
先生の指摘に2人とも手を動かした。
木兎が手にしたホースからは水が流れ、日差しに当たってきらきらまぶしかった。
ピンとくる。
「!!
ちょっとこっち来い、!」
「なに?」
「ほら!!」
「おっ」
懐かしい。
木兎がホースの口をひしゃげさせ、水をシャワーのようになるよう仕向けた。
太陽の位置の関係で、小さな虹が見える。
「いいだろー」
「いいねー」
ささやかな七色を眺めるの横顔を、木兎は満足げに眺めた。
先生にせかされ、やっと水を止め、二人してプールから上がった。
「お待たせ、木兎」
スカート姿、制服。
上履き、は手に持っている。
ははだしのまま現れた。
濡れたジャージは袋に詰めたらしい。どっちでもよかったが、洗って返してくれるそうだ。
二人は更衣室前で合流した。
この更衣室は夏のプールの時に使うくらいで、テスト前のこの時期は点検もされておらず、蛍光灯が一つ消えたままだった。
ひんやりと沈澱する空気。
生ぬるい風がどこからか吹いてくるが、さっきまで水に濡れていた身体には気持ちよかった。
揺れるスカートが、なぜか木兎は気になった。
「なんで……、上履き、はかねーの?」
「廊下、冷たくてきもちよかったから」
さすがに階段上がる時は履くけどね。
が付け足しているうちに、木兎も靴下と上履きを脱いでみせた。
木兎が感嘆の声をもらした。
「、これきもちーな!!」
「でしょ?」
「いつもこれでいい!」
「まあ、ふつうに危ないから、あそこで上履きはこう」
が指差したのは、窓が並んだ向こう。人通りもある。
踏みしめるたび、足裏から伝わるつめたさが心地いい。
木兎は、この気持ちよさが束の間なのが惜しく思えた。
自分よりずっと小さな足がぺた、ぺたと歩幅違いに動いている。
「いつもより、短くねぇ?」
「へっ、なにが」
「スカート」
気づくんだ。
がそう思ったことに木兎は気づかない。
「生活指導のあの先生、うるさいんじゃねーの」
「あー、まあね」
「まあねって、なんだよ」
「いや、まぁ、うん」
歯切れの悪い返事だ。
木兎が何の気なしに追求すると、は荷物を持ち直しつつ答えた。
「短めのがかわいいよねってクラスの子と話してて、さ」
「そうか?」
「だ、男子ってほら、すきでしょ、いまやってるCM」
「興味ねーよ!」
友達に耳打ちされたことがよぎった。
木兎が乱暴に返すと、が俯いていた。
なんと言っていいかわからず、かといって黙り続けているわけにもいかない。
「んな、出されたら、つい、見ちまう、だろ、見たいわけじゃなくても」
「だ、だよね」
「!?」
が荷物を廊下に放ると、すぐに腰回りをなにかいじって、彼女のスカートが長くなった。
木兎の脳裏に、アニメの変身シーンがうかんだ。
魔法みたいだった。
は膝まで隠れたことを確認してから、スカートをつまんで払った。
「見苦しいところ、みせちゃったね。ごめん。これならいいかな。
……木兎?」
「んなこた、言ってねーだろ」
「へ?」
「そうじゃねーんだ、そうじゃ」
なんでだかもやもやする。
これでいいのに、そうじゃない、このむずむずした感じ、なんなんだ。
木兎が難しい顔で壁にもたれて動かなくなった。
はひとまず自分の荷物を拾い上げた。
「みられたくねーんじゃねーの。ふつう」
が顔を上げた。
「なに?」
「そういう、女子、っつーか、は、足」
「足?」
相変わらず木兎の言っていることは理解しづらい。
けれど、は木兎らしいと思えて、ホッとした様子で答えた。
「木兎はいいよ。
木兎なら……、いい」
どう返事をしたらいいか、木兎にはやっぱりわからなかった。
は、木兎の隣に並んで言った。
ジャージさ、私以外の人が勝手に借りて着たらいやでしょ?って。
それは、そーだな。
それとおなじだよ。
何かの方程式を説明するみたくが告げると、木兎は一つ頷いて、そうだな!!といつも通りの溌剌さで答えた。
*
「木兎、車とめんのも上手くない?」
「そーか?」
車は目的地、ではなく、途中のサービスエリアに入った。
まだ先は長いらしい。
ここで休憩だと木兎はに告げた。
駐車場はが予想するよりは埋まっていた。
建物の方に移動しながら、は振り返って木兎の車の位置を確かめた。
「ねえ、よく運転すんの?」
「練習行くときにな、人も乗せたりするし」
「へーー」
ちょっと会わない間に、また知らない木兎光太郎がいる。
が何に感心しているかよくわからず、木兎は小首をかしげた。
お店も見て回ることにした。
「木兎、運転してもらってるし、なんかおごるよ。 食べたいものある?」
「別に食いたいって感じじゃねーんだよなー」
「じゃあ、お土産とか? あ、ガチャあるよ、ガチャ!」
「俺はそんなガキじゃ……、お!」
木兎が近づいたのはキーホルダーコーナーだった。
上から下までお土産屋でよく見かけるたぐいのものが並んでいて、その内のひとつで木兎の手が止まった。
「これいいなあ!!」
「日本刀?」
「これ、、これ見ろ、外せるぞ!」
割とよく出来ている長い刀のキーホルダーだった。
推察するに、こういうサービスエリアに立ち寄る外国人向けのいかにも日本的な商品だろう。
一般的なボールペン程度の長さで、キーホルダー用途として使い勝手にはよくなさそうだとは思ったものの、木兎の様子を見ていると、これが正解のように思えた。
「木兎、こっちのデザインもあるよ。二刀流も」
「おぉっ、それもかっこいいな!!」
木兎がしゃべる度、向こうにいる家族連れやコーヒーを飲んでいるお客からの視線を感じるが、いまさら
は気にしなかった。
「両方買う?」
「いいのか!? いやっ、何個もあっても使わないし。そーだ、も買おうぜ、一個ずつ」
「えぇ」
「俺が赤で、が青、どーだ!?」
「木兎、青じゃなくていいの?」
いつだったか、修学旅行か、似たようなことで揉めたのをは思い出した。
が、当の本人の木兎はすっかり忘れているようだった。
自身はどっちでもよかった。
こんな長物のキーホルダーは使いずらそうだし。それは言わなかった。
「おーしっ、決まりだ、貸せ」
「ん?」
「これください!!」
「え、ちょっ」
レジに一直線、お金もすぐさま支払われてしまった。
袋はご利用になりますか、店員さんの質問に、すぐ使うと返して、商品タグまで外されている。
が口を挟む隙もない。
挙句、もう用事は済んだとばかりに木兎は建物を後にして、車に急いだ。
「ち、ちょっと!」
「ん?」
の手には、小さく青いストーンのついた刀のキーホルダーがある。
「私が買うって言ったんだけど」
「そーいや、そんなこと言ってたっけ」
「だからお金」
「今度なんか買って。そんでいい。 行こうぜ」
助手席のドアを開けるなんて。
木兎が、あの木兎が開けるなんて。
「乗らねーの?」
「……乗る」
調子、くるう。
は、はあっと一つため息をついていると、理由をなにも察しない木兎が運転席に収まった。
next.