ハニーチ

スロウ・エール

友人から見た
とあるクリスマス前





「夏目、いやっ、夏目さん!!

 ちょっといい?」


日向、声かける相手間違えてない?

しっかり自分の苗字を呼ばれたのにもかかわらず、彼女は眉をひそめたのは、相手が日向翔陽だったから。

彼女はの友人であり、日向翔陽は(たぶん今も)の好きな人である。

そんな日向が自分に何の用があるんだろう。
まして、さん付けなんていつもしないのにわざわざ言い直して。

彼女が廊下や教室の中をのぞきこむと、日向はふしぎそうにたずねた。


「夏目、だれか探してんの?」

「いや、いないかなって」

さんがいないから話しかけたんだけど」

「え、なんで」

「んんっ!」


漫画ならぎくりと表現が付きそうなほど、日向は口がすべったとばかりに自分の口を押さえた。
本当に、なんなんだ。

掃除を終えた放課後の教室は、人の出入りがせわしない。

彼女の友人であるの席を見れば、カバンはあるから、きっと係か委員会の仕事だろう。
もしかすると、先生に呼び留められて頼みごとをされているのかも。

彼女は改めて声をかけてきた相手を見据えた。


がいないからってなんで私に」

「こっここじゃあっ。すぐすむからさ、ちょっといい?」


手招きする日向に連れられ、の友人は後に続いた。

ここならいいかと空き教室にまでやってきた。

相手が日向じゃなければ、告白でもされるのかとドキドキできたのに。
それは昨晩、彼女が読みふけった少女漫画の冒頭である。

しかし、想像してみてすぐ、同学年の誰が相手でもドキドキはないかと彼女は結論付けた。

日向が呼びかけ、彼女も意識を目の前に戻した。


「いま、何て言った?」

「だっだからさ、その、……夏目、さんが欲しいもの、知らないかなって」

がほしいもの?」

「そうっ、夏目なら、さんと仲いいしっ、なんか、知ってるかなって」


あせあせと説明する日向の様子に、彼女は分析するかの如く眉を寄せて腕を組んだ。

彼女の動きに日向はびくっと肩を揺らし、腕を左右に振った。


「別にっ、だからなんだってわけじゃなくてっ。

 ただ、おれはいつもさんに色々……ほんとうに、いろいろ、してもらってるから、その、何か、プレゼントしたいなって。

 ほら、もうすぐクリスマスだしさ」


日向がいつも以上に言葉を選び、照れくさそうに後ろ髪をいじる。


この態度。

……、これ、脈ありでは?



「夏目、おれの話聞いてる?」

「聞いてるきいてる」


一瞬、この場にいない友に語りかけてしまったが、彼女は意識を現実に戻した。
頭の片隅で自分のとるべき行動をかんがえる。

は日向が好きだ。たぶん、今も。

夏休みに日向のしくじりはあったみたいだけど……、正直、その件については日向に色々聞きたいけど、勝手に首は突っ込めないので黙っておこう。

どっちにしろ、からその後は聞いていないけど、嫌いになったとも言われてない。

少なくともはずっと男子バレー部を応援し続けている。
仮に恋愛的な意味がないとしても、日向に好意をもたれて困ることもないだろう。

ならばよし、ここは一肌脱ごうじゃないか。

彼女は、ふん、と密かに気合いを入れて日向の方に向き直った。


「で、予算は?」

「よさん?」


彼女の問いかけに日向は目を丸くする。

彼女は続けた。


「プレゼントならお金いるじゃん。どれくらい考えてんのかなって」


といっても、中学生のお小遣いなんてたかが知れているけれど。

彼女も日向の財布の中身が自分と大して変わらないことを知っていたし、実際日向の答えた金額も、彼女の想定内だった。

だったら、と提案しようとしたとき、先に日向が口を開いた。


「夏目に言われて思ったんだけど……、手作りできるものってどうだろ」

「手作り?」

「ほらっ、夏目もだけど、さんには家庭科部のやつ、いつも差し入れしてもらったからさ。

 買うだけじゃなくて、こう、なんかトクベツなのにできたらなって!」


日向は天井を見たり、床を見たり、そわそわと片手を後ろに当てたかと思えば、腕を組む。

日向に落ち着きがないのは知っているけど、……この、のことを話すときの感じ。

日向ってやっぱり、もしかして、もしかすると。


「な、なんだよ、夏目! 言いたいことあるなら言えよっ」


日向がハッとした様子で声をかけると、すぐさま彼女も首を横に振った。


「なんでもないって」

「本当か?」


訝しむ日向の視線を避けようと、彼女も身体の向きを変えた。


「まあ……正確には、日向に言いたいわけじゃない」

「誰に言うんだよ!? 言ってなかったけど、この話、ぜったいさんにはないしょだからな!?!」

「あぁ……うん……」

「なんだよ、その反応っ。さんにびっくりしてもらうんだから、ほんと言うなよな!?」

「わかってる。それより日向の声でバレそうだけど?」

「んんっ!!」


二人のいる空き教室のそばを先生たちが談笑しながら歩いて行った。

別に空き教室自体は使って怒られることはないが、念のため静かにやり過ごす。

通り過ぎたのを見計らって、話を再開した。


「手作りっていうけど、日向、なんか作れんの?」


中学3年間、クラスメイトとして日向のことは知ってはいるが、何か突出した技術を持っているとは聞いたことがない。


「最近、なんかつくった料理ある?」

「えッ、……あ! 卵かけご飯!」


彼女はそれを料理としてカウントしなかった。


「やっぱさ、初心者が作った食べ物をあげるのは微妙じゃない?」


真夏に手作りをあげるよりましとはいえ、受験も近い友に危険が及ぶのは極力避けたい。

彼女の正論に日向も頷いた。


「だ、だよな! 食べ物はなし!」

「あ」


彼女がポンと手を叩く。

日向がその様子を見守った。


「どうした?」

「初心者でもいける手作り、思いついたかも」


ちょっと来てと彼女が廊下に飛び出すと、日向もそのあとに続いた。




next.