ハニーチ






「たしか、この辺に……」


二人がやってきたのは、被服室だった。
彼女が部長も務めた家庭科部がよく利用している。

鍵もわざわざ借りて準備室に入り、彼女は棚を順々にのぞいた。


「これだ!」

「おっ?」

「あっ違った、ごめん」


彼女が肩を落とすと、日向が声をかけた。


「おれも手伝う?」

「いいよ。ちゃんと整理したつもりだったんだけど」


先日片づけたはずが、掃除をしたせいでかえってどこにしまったかわからなくなった。
存在は確認したから、ぜったいどこかにある。

あ、今度こそ見つけた?

彼女が取り出したビニール袋の中には、目当てのものが入っていた。

日向も彼女の後ろから中身を見た。


「すげーいっぱい! 紐っ!!」

「これで手作りどうよ?」

「てづくり!?」

「本もある!」

「おぉーっ!!」


見本も出てきた。

今年の4月、新入生たちに作ってみせたプロミスリング。

家庭科部で毎年恒例の、1年生向けの作品だ。


「これなら日向でも作れると思う」

「すげーっ、色んなのある!!」

「細いのならすぐできるし、編みこんでも……って、日向、はじめてだから、こういう2本で作るのがいいね」


一番シンプルですぐ作れるミサンガを見せても、日向は首を横に振って他のを手にした。


「ちゃんと、すごいやつにする」


間をおいて彼女は尋ねた。


「……完成できる?」


クリスマスまでそんなに日もない。
なにより自分たちは受験生、かけられる時間もあまりない。

彼女の指摘に日向もばつの悪そうに反応を見せたものの、それでも手の凝った作品を離さなかった。


「できるっ、つーか、やる!
 さんへのプレゼントだし、なんでもいいわけじゃない」

「ほーー」


カッコいいこと言う。

彼女は茶化しはせずに、だったらと教本をいくつか手渡した。

彼女自身よく知っていた。
実際に本を見ながらやってみるのが一番いい。
それに、同じクラスだから、本を返してもらうのはいつでもかまわなかった。


「夏目、サンキュー!」

「紐もいいよ、本番用と予備も」

「えっ? い、いいの?」


自分で用意するつもりだったらしい日向は遠慮して、材料となる色とりどりの紐にすぐ手は出さなかった。

彼女は懐かしそうにそれぞれ手に取って眺めた。


「買いすぎて余ったやつだから」


袋の中身を眺めるだけで、買いに行った時のことがありありと思い出せた。

彼女は袋を日向へと差し出した。


「こんだけあるし、問題ないよ。

 代わりに、日向がが喜ぶって思うもの、いっしょにプレゼントしたら?」


アドバイスを聞いてもらえたことは嬉しい。

と仲がいいって、第三者のお墨付きをもらったようなものだから。

だからこそ、言おう。


なら、なんでも喜ぶよ」


助言なんて最初からなくても大丈夫だ。

彼女が、ほら、どーぞっと日向をせっつくと、日向もじゃあ遠慮なくと早速つかう紐を選んだ。

日向が手に取ったそれは、1年生の時だったか、が選んだ色と似ている気がした。

彼女は日向が紐をあれこれ選ぶ様子に、かつての自分たちを重ねた。






「夏目、ほんとにありがとな!」

「ううん、こっちこそ手伝ってもらえて助かった」


この機会に最後の荷物整理をした。

文化祭の時に移動させた古いミシンなど重たいものを日向に運んでもらった。
いつもは意識しないけど、日向もやっぱり男子なんだと実感する。

そんな日向がこれからのために手作りする。

つられて自分も何か作りたくなり、材料と大判の本を腕に抱えた。

最後の戸棚を閉めた時だ。


「夏目は、なんで家庭科部にしたの?」


彼女が振り返ると、日向がさっき見つけた紙袋に紐や本を入れていた。
に秘密にするため、徹底的に隠すんだそうだ。


「なんでって……」

「1年からずっと家庭科部だから。作るのがすき?」


よく知ってるな。
いや、のことを見てればわかるか。

彼女はなんとなく壁にもたれて準備室の中を見つめた。


「家庭科部って女の子って感じがしたからかな」


よく読む少女漫画の世界、中学校に入ったら、自分もそんな世界の一員になるんだと信じていた。

女の子っぽい=料理、裁縫とくれば家庭科部。
いま思えば、すごく単純な発想である。


「入ったからって女の子らしくなれるわけじゃないって学んだけど」


被服室を出てドアに鍵をかけた時、日向は言った。


「夏目、女子っぽいけど」

「いや、でしょ」

さんもだけど、夏目だって」

のほうがちゃんと“女子”」


自分で言いながら、変な日本語だと思いつつ、でも、正しい表現だと思った。

は、自分よりずっと“女の子”だ。
なんでもできるし、かわいげもあるし、恋もする。される。


「夏目もちゃんと女子じゃん」

「どのあたりが?」


下手ななぐさめはいらないって気分だけど、彼女は日向に一応尋ねた。


「字が、ちゃんと女子!」


日向が差し出したのは、貸したばかりの教本で、そこに貼った付箋は、彼女がメモ書きしたものである。


「……どーせきれいな字じゃないよ」

「そうじゃないって!」

のほうが、“らしい”字書くしさ」

「なんで夏目、そうさんと比べんだよ」

「比べてなんか」


でも、日向の言う通りではある。

ついがちらつく。
そりゃ日向に声をかけられたのも、いまこうして話してるのもがきっかけだけど、こんな風に気にしてるのは日向ではなく自分の方だ。


「……ごめん、私の中で“女の子”って言ったらが浮かんで」


自分にないものを持ってる友達。

一緒にいられて楽しくて、離れると決まったらさみしくなり、ずっと隣にいると、……たまにたまらなくなる、大事な友。

今も“女の子らしい”って話なだけなのに、とつい比べてしまった。


「夏目、どした!?」


いきなり校舎の壁によりかかれば、日向でなくとも心配するだろう。


「自己嫌悪モード……」

「なんだそれ!? ち、ちょっとかっけーな!」

「……そう?」


日向も変わってるよな。

彼女は校舎にもたれるのをやめると、すかさず日向が声をかけた。


「なんとかモード終わった?」

「おわった」


比べてどうするって思うのに、また比べてしまった。
そばにいるから、たまにこうなる。

自分にないものを持っているところをすごいと思う。
だからこそそばにいたい、友達だから。

彼女はよいしょと腕に抱く荷物を持ち直した。


「日向、鍵、片付けて来るから」


さき、戻ってていいよ。

彼女が言いきる前に、彼女の腕から荷物がごっそりさらわれた。
日向が紙袋片手に彼女の荷物を取った。


「教室持ってく! 机の上でいいよな?」

「いいけど、重くない?」

「よゆー!」


日向が快活に笑う。

荷物を腕に抱えた上に紙袋でバランスが悪そうだなと思ったら、日向の紙袋がやぶれた。

いつから被服室にあったかわからない代物である。きっと紙袋の耐久性がなかったんだろう。

彼女は駆け寄って廊下に転がった材料を手にし、あせる日向をなだめた。


「日向、いっしょに教室行こう」

「えっ、鍵は?」

「後で持ってけばいいよ」


教室と職員室の往復が少しばかり増えるけど、なんかもういいや。

落ちた気分もちょっとした出来事で忘れられる。
彼女は笑みさえ浮かべていた。

日向は彼女の変化に気づかずに言った。


「夏目っていいやつだなー!」

「なに急に」

「相談乗ってくれたし、こんな風に手伝ってくれるしさ」


へのプレゼントは秘密にしたい。

日向の要望を叶えるため、彼女は破けた紙袋で中身をうまく包みつつ、隣をあきれた様子で見やった。


「こんくらい、誰でもやるよ」


がいたなら同じことをしただろう。
同じクラスのだれを思い浮かべてもやってくれそうだ。

彼女の話を受けて、日向はひらめいたとばかりに告げた。


「あれだな! 友達は友だちを呼ぶ!」

「……なに?」


しばし会話を続けたところ、類は友を呼ぶということわざを言いたかったらしいことを彼女は理解した。


「日向……烏野、大丈夫?」

「ほ、本気の心配やめろよ! ドキドキしてくんだろっ」

「類友も言えなきゃ心配くらいするって」


って、何の話ししてたんだっけ。

彼女はすっかり自分のペースを崩した。

そんな彼女にお構いなしに日向は続けた。

このくらいの親切、誰でもやるってことは、彼女の周りにはいい人が多いってこと。


「だから、夏目もいいやつってことを言いたかった!」


よくわからないけど、否定するのもめんどうで彼女が適当に相槌をかえした。

隣を歩く日向がまた、あ!っと声を上げた。


「今度はなに?」


間もなく自分たちの教室が近い。


「夏目とさんもそれじゃん!」

「それ?」

さんが女の子らしいって夏目が思うなら、やっぱ夏目も同じってこと!

 二人は“友だち”だからな!」


日向がはきはきと宣言する。

ちょうどタイミングよく、教室からが出てきた。


「あ、さんだ。

 ……さーんっ!!」


廊下に響き渡る日向の呼び声。

どことなく声が弾んで聞こえるのは、クリスマスプレゼントの話を聞いてしまったからだろうか。
それとも、自分が気付かなかっただけで、日向はいつもの前ではとびきり嬉しそうだったんだろうか。

というか、にこの状況で声をかけていいの?
プレゼント作戦とやらバレない?

彼女はわざわざ日向に注意はしなかったが、が呼びかけを受けて近づいてきた途端、となりで日向が慌てるのが分かった。

言わんこっちゃないと彼女は小さくため息をついて、プレゼントの送り先となる友を見つめた。


「日向くんたち、大荷物だね」

「あ! いや! こっこれはッ、その、さんにはぜんぜん、その、関係なくて!!」


言葉を選べ。

彼女はたまらず日向を肘で小突いた。


「な、なんだよ!」

「いや別に。ちょっと日向に荷物運ぶの手伝ってもらってただけ」

「?そっか、こないだ持って帰ってたのに大変だね。あ、ドアどーぞ」

、サンキュ。ほら、日向も」

「お、お、おぉ! さんありがと!!」


教室のドアをに開けてもらい、先に通してもらった。

やっぱりも優しいじゃんと自分の予想が当たったことを思い知る。

日向のプレゼント作戦がバレないようにひとまず荷物は全部彼女が受け取った。

あとで日向に渡せばいい。

けど、すぐ後ろで日向とがしゃべっているのを聞くに、日向の作戦なんて友にすぐバレそうだった。

でも、バレたところで何が問題だろう。
は、なにがあっても、ぜったい喜ぶに決まってる。

結局、日向の作戦が成功するかどうかな訳で……

彼女は考える内に、日向に色々言いたくなる気持ちがふくらんだ。
作戦はどうでもいいけど、余計なことは言うなよと耳打ちしておきたい。けど、出しゃばるのもよくないと言葉を飲み込む。

椅子を引いて振り返り、友の様子を見れば、ほら、やっぱり、は彼女の憧れる“女の子”だった。

やはりと自分が同じとは思えなかった。

でも……


「そうありたいとは思うよね」

「え、なっちゃん、なに?」


のとなりが似合う自分になりたい。

私もプロミスリング、久しぶりに作ろうかな。

彼女は意味ありげに笑って肩を揺らした。


「なんでもない」

「え、気になる」

「Tくんが関わってるかもって?」

「違うよ!」


友だちだから、友だちだからこそ。

いいクリスマスになるといいと心から希う。



おまけ