ハニーチ

ハナヒラケ、イマ





 ばいばい

この光景を、また繰り返した。






「!!」


目を覚まして身体を起こして肩で息する。やっと夢だってわかった。
さんがトスを上げてくれた登校日、さんが走って行く光景をまた夢に見た。

夢の中でも振り払われた手を、握りしめる。

まだ家族が寝ている頃、走りに出た。
この時間帯だとまだ涼しい。
走りながらまた思い出す。


ばいばい!


いつもと同じ挨拶、なのに、さんがもっと遠くなる気がした。















「翔ちゃん、聞いてた?」

「!なんだっけ」


意識が戻る。手元のボールが陽の当たるほうまで転がって取りに行った。
今日何回もそんなふうだったから、イズミンもコージーも呆れた感じでため息をついた。


「今日の翔ちゃん、上の空だよね」

「そっそう?」

「キャッチボールしてても何回もすっぽ抜けたしな」

「たまたまだって!」

「もしかして、花火大会、さん誘いたかった?」

「え!! あっ」


せっかく取りに行ったボールをまた落とす。


「図星だな」


コージーが木陰のベンチに座ったまま両腕を頭に回した。


「ちっちげーよ」

「ほんとか?」

「なんでさん……」

「誘いたいだろ」

「さ、そいたいとか、そういうの。それどころじゃ、ないし」


また、浮かぶ、さんの後ろ姿。

なんで、こんな思い出すんだ。

ボールをつかんでるのに、さんに触れた一瞬が指先に戻る。よろけて見えて、危ないって思って、それで。


がしっとコージーが肩を組んできた。


「なにっ?」

「どうなんだよ、ちょっとは進んだのか?」

「な、なにが? 宿題ならまだ、もうちょっと、いや、全然、だけど」

「なんでこの流れで宿題になんだよ。こないだ映画デートしてただろ」

「で、デート……!!」

「お、翔ちゃん、さん誘えたんだ」

「さっ誘った!けど!!」

「けど?」

「そのあとコージーと夏目も一緒になったじゃん! 変に思われること言うなよなっ」

「あれ、二人もあの試写当たったんだ」

「いや千奈津が当てた」

「二人仲いいね」

「ほら!!」

「なに、翔ちゃん」

「おっおれとさんも仲がいい!」


そう宣言すると、二人ともぽかんとしてからこくりと頷いた。


「知ってる」

「だから! で、デートとか、そういうんじゃ……」


急に、あのときのさんが浮かんで、エレベーターの中でのこともうっかり思い出す。
くっ、忘れろ、腕に当たったの!!


「翔ちゃんどうしたの、急に頭抱えて」

「じ、邪念を振り払ってた」

「はあ?」

「と、もかく、おれとさんは仲いいからっ。そ、それだけで」


また浮かぶ。『ばいばい』って言われた時のこと。

仲がいいなら、そのあとメールしたってよかった。電話だってかけてもいい。

それが、できなかった。


「翔陽がそんなんだと、夏休み明けたらに彼氏できてたりしてな」

「はア!?」

「たしかに夏休みに作る人、多いよね」

「だっ誰と!?」

「おい、服引っ張るな!」


彼氏とか、彼女とか、考えたことない、とは言わない、けど。


「だからさー、ぼやっとしてないで、「何て、言えばよかったんだよ」

「え?」

「あのとき、なんて言えば……」


さん、こっち見なかった。

手、振り払われた。


女の子だから、触られたくなかったのかもしれない。

でも、今まで、あんな風に強く、“拒絶”されたことなかった。


「翔ちゃん?」

「なんかあったのか?」

「ないよ! なんにも」


なんにも、ない。

メールしない日もこれまでいっぱいあったし、電話だって用事のある時しかかけないし、学校で会えるのも夏期講習とかいろいろあったからだ。

全部なくなっちゃえば、今日みたく友達と遊んだり家にいるのはふつうで、さんと会わないのも、これまで通り。

それが、普通だった。



「ぐあっ! な、なに、コージー!水!?」

「よくわかんねーけど頭冷やせ」

「わっ、ちょ!!濡れる!!」

「濡らしてんだよ!」

「俺までかかる!!」


公園にある水道水で遊んでいたら、道を歩いてた大人が変な顔してこっちを見てた。
もっと蛇口をひねって水をかけあうと、水がキラキラして眩しかった。

コージーもイズミンも濡れてる。けど、おれの服が一番濡れてて、水が滴っていた。


「びちょびちょだ」

「ちょっとは涼しくなったろ?」
「確かに気持ちいいよね」

「……」

「翔陽?」


Tシャツを絞る手をとめると、ぽたぽたとコンクリートに水滴が落ちて、ゆっくり流れた。


「翔ちゃん?」


「おれは、コージーも、イズミンもみんなすきだ」

「なっなんだよ、急に」

「この好きは、なにが、ちがうんだろ」


友達の好き、家族の好き、バレーが好き、遊ぶのが好き、学校が好き、勉強もっ、眠くなるけどわかったときは嫌いじゃない。
野球もサッカーもバスケもゲームも、同じクラスのやつも、別のやつも、近所の人も、先生も、商店街の人も、同じじゃないけど同じ好き。

さんは、他の誰とも、なにとも、ちがう。

なんとなくわかるけど、まだわからない。わからないけど、わか、りたい。このままじゃ、いやだ。



「あ、頭こんがらがってきた」

「落ちつけ!」
「水、翔ちゃん水飲みなよ!!」


今度は水道水で喉を鳴らした。

ごっちゃになった頭の中、すっきりはしないけど、冷たい水を飲んだら少し楽になった。


「イズミン、ありがとう!!」


Tシャツの袖で口元をぬぐった。


「考えすぎじゃない?」

「え?」

「友達はそりゃ大切だけどさ。本当に一緒?」


友達、さん、想像する。


「他の女子と……、例えば夏目と比べてさ、ほんとに同じに思う?」

「……」

「えーっと、もし二人が重い荷物運んでてさ、まずどっちを助けたい?」

「俺は先にだな、アイツはほっといていい」

「それは幼なじみとしての信頼じゃん。そうじゃなくて「おれは」


想像した、誰かとさんがいたとする。


「おれは、どっちも、助けたい」


重い荷物なら尚更、最初から分けて運べばいい。



「例え、悪かったかな……」

「イズミンはどっちかしか助けない?」

「え」

「コージーはさん手伝うって言ったけど、夏目のこと全然助けない?ほんとに?」

「翔陽……」

「わかんないよ、おれ」


もし誰かを助けるんなら、みんな助けたい。
順番はあるかもしれないけど、そんなの、その時になんないとどっちから助けるかわからない。

ただ、脳裏に浮かぶのは、さんで。

想像の中の『他の誰か』はふわってしてんのに、さんだけははっきりしてる。

あの時のまま、離れてく後ろ姿がまた浮かぶ。

さんは、あの時、どんな顔してたんだろう。
急いでただけ?本当に?

なんで、いつもみたく動けないんだ、おれ。



「二人は、


 ……誰か、
 
 
   好きになったこと、ある?」


そんな話、今までしたことなかった。
考えたこともなかった。

たった一人の女の子を思い浮かべる。

それだけで、なんで、こんな気持ちになるんだろ。


二人はどこかそっぽを向いて、さっきよりも声を潜めた。

違うスキ、友達の知らない顔、こんなに一緒にいたのに気づかなかった。


イズミンも水を飲んで、腕で汗をぬぐった。


「なんかさ、暑すぎない?」

「だな……、アイス買い行くか。なっ、翔陽」

「う、うん」

「決まりっ」


いつもの店に向かいながら、ずっと頭の片隅にはさんがいた。



「そういえば、さ」

「ん?」
「翔陽、今度は何だよ」

「お、おれの好きな人、さんっ、みたくなってない!?」


言ったこともなんにもないのに、なんでそうなってるんだ。


「「……」」

「なんで黙んの!?」



next.