私の中学最後の部活動は、順調だった。
恒例のプロミスリング作りから文化祭での作品作りまで、みんなそれぞれ自分のペースで完成できたし、楽しそうだったし、楽しかった。
部活に向かう時、いつも日向くんを見かけた。
1人じゃなかったけど、どこか前より必死なようにも感じた。
声をかけられる間柄じゃなかった。
ずっと密かに気になり続けた。
クラスで話しているのが聞こえた。
日向くんは、烏野高校でバレーするって。
烏野、高校。
「、白鳥沢いけるってすごいじゃない」
夏休み前、三者面談終わり、ぼんやりしていたら親が先生の話を真に受けていた。
そんな簡単に入れる学校じゃないっていうのに、評判のいい私立だから夢見てるみたい。
「塾行く?」
「じゅく~?」
「夏目さんも東京の学校大変だって塾に通い出したって言うし、そうだ、体験講習とか。千奈津ちゃんもいるなら通いやすいでしょ?」
勝手に話が進んでいくけれど、それで満足してくれるならと従った。
別に興味ない、どの高校も。
いや、烏野があった。
「ねえ、おじいちゃんの」
言いかけ、やめた。
祖父の体調があんまりよくないから、家の中は、というか母親は少しピリついている。
バレーの時間を減らすように注意したら揉めたらしい。
祖父は今日も烏野高校の男子バレー部に顔を出しているはずだ。
私の記憶の中といっしょで、きっと厳しく指導しているんだろう。
覗いてみたい気もしたけど、話題を変えた。
夏期講習のB日程の頃だったか、祖父が倒れた。
学校から呼び出された。
久しぶりに会った祖父は病院のベッドでピンピンしてたけど、私がバレーを習っていた頃よりも着実に歳を重ねていた。
祖父は、前と変わらず明るく私に尋ねてくる。
レシーブの腕は鈍ってないか?って。
わたし、
もう、バレーボールさわってない。
*
お祭りがあった。
塾の講習があったから行けなかった。
途中、すごい雨が降った。
それは塾帰りの地面と水たまりでわかった。
受験生ってつまんない。
映画でも観に行きたかったけど、観に行こうとしていた映画を友人がちょうど観てきたと聞いてガックリだった。
代わりに花火大会をみんなで行くことになった。
青春ぽく、浴衣を着る約束をした。
楽しみだったけど、当日、友達が体調をくずして途中で帰った。
自分じゃどうにもならないことって、たくさんあるみたい。
*
中学最後の文化祭も、好評に終わった。
家庭科部としてもきちんとやり遂げられた。
後輩たちが頑張ってくれた分、私たち3年は自分たちの作品作りに集中できた。
クラスの出し物も、去年よりずっと関わったし、夏に味わえなかった青春をここぞと浴びた心地だ。
「、後夜祭でダンスやるんだって」
「いいね、ダンス部かっこいいし」
「違うよ、みんなで踊るの!」
「え、見るんじゃなくて踊るの……?」
「はい、逃げないー。 林間学校と同じようなもんだって」
「えーーーっ」
腕を引っ張られて、みんなの輪に強制的に入れられる。
向こうに、日向くんが見えた。
後夜祭のダンスに混ざろうとしていたところ、他の男子に声をかけられ行ってしまった。
「、ほらっ!」
軽快な音楽と、大きなイベント終わりの高揚感。
友達とはしゃいでる内に、日向くんと一瞬だけ目が合ったことを忘れた。
*
秋が深まり、冬が来る。
部活はおしまい。
塾の勉強も学校のも本格化して、受験まっさかり。
クリスマスはみんなでイルミネーションを見に行く予定だったけど、すごく寒いから断念した。
受験生は風邪をひいている時間はない。
まるで灰色に染まった時間。
起きたらすぐ受験のことを考えるような。
いま地球が終わるなら、きっと後悔する。
大人は、受験が終わったら遊びなさいって言う。
明るい未来のために、今がんばるんだって。
自分たちもそうだったって力説する。
でも、“今”苦しかったらどうなんだろ。
今、楽しくなりたかったらダメなの?
大人じゃないから、1年後の自分が今の選択を肯定してくれるかわからない。
けど、だからって自分が何をしたいか分からなかった。
したくないことばかり浮かぶ。
大人になればわかるのかな。
やりたいこと、“その時”って、いつわかる?
少なくとも高校生になれば、この、よくわかんない焦燥感は消えてくれる?
気晴らしに開いたマンガは、運命的な出会いから始まるラブストーリーだった。
憧れはするけど、そんな運命はない。
目の前にあるのは、ノート、参考書、受験勉強。
もういいや、と過去問を開いた。
正しいと思われる受験生になった。
3月、中学を卒業した。
4月、高校に入学した。
また春が来て冬を迎え、また春を迎えてむかえ、大学生になった。
気づいたことは、
いくつになっても、がんばれって言われ続ける。
後から、あの時こうすればなんて出来やしない。
時は戻せない。
知ってたけど、実感した。
*
「えっ、
とーー
言ってなかったっけ?」
変なうたた寝から起床してすぐの電話。
意識はまだ覚醒していない。
ここは空港だ。
私は中学生でも高校生でもない。
空港のフリーWi-Fiは色んな人が繋いでるせいか、音声の品質がかなり悪かった。
申し訳程度に人の少なそうなベンチに移動して、スマホ片手に少し声を張り上げた。
「今ね、アメリカなの。アメリカの空港。
だから、その、運命の人がいるかもしれない合コンには参加できない」
お誘いはまた今度お願いします、と付け加えて、電話を切る。
大学生、春。
現在、アメリカの空港。
アメリカ旅行中。
もう、日本行きの飛行機で帰るところだけど。
必要な手続きも終わった。
どのゲートかもチェック済、後は搭乗時間を待つだけだ。
早く着きすぎて横になっていたおかげで、不可思議な夢を見る羽目になった。
寝るのはやめだ。飛行機でもできることだし。
あと、やること……お土産!
もう十分買ったけど、旅が終わるのが惜しかった。
東京でもお土産買おうかな。
持ち帰るの大変だろうけど、重いなって後悔してもいい。
後先考えないことをしてみたい。
思いきりハメを外したい。
10代も終わる。
大人になるんだ。
常識や世間体からもっと自由になりたい。
なんて、
重たいんだろう、ジェリービーンズって。
見た目が可愛くてお土産にいいかと思ったのに買い過ぎた。
搭乗開始と共に、よろよろと自分の席に向かう。
一番後ろの窓際のシート。
他はみんな3人座れるのに、ここだけ2人並びの席だ。
実際に目にするとけっこう窮屈そう。
隣の人がやさしいひとでありますように。
「あ、いいです、大丈夫です。自分で」
客室乗務員の人に荷物を上げるか聞かれたので断った。
そのキャビンアテンダントさんは、他の人に手伝いを申し出た。
声をかけられた方は、柔らかく微笑んで荷物を頼んでいた。
そういう方がステキだなって、今さら気づく。
いいんだ、今必要なのはパワー。
気合を入れて買い物袋をえいやと持ち上げた。
中のジェリービーンズがバランスを崩して袋の重心がずれる。
「あ!」
「だいじょーぶ?」
救世主あらわる、なんてキャッチーフレーズがよぎった。
横から伸びてきた腕が上手いこと買い物袋を支えてくれたおかげで、落下させずに済んだ。
男の人、日本人?
その人は私の買い物袋を押さえながら尋ねた。
「これ、この中に入れればいいですか?」
「は、はい」
「ちょっと待って」
自分も荷物があるのに、その人は軽々と荷物を棚へ押し入れてくれた。
「あっありがとうございます!」
「どういたしましてっ」
晴れマーク。
その人は、気持ちのいい快晴みたく微笑んだ。
なんでだか胸が高鳴った。
その人は空いている荷物棚を探していた。
声を、かけてみた。
「あのっ」
「へっ?」
「ここ、空いてます」
私の席の向かい、棚の右側、彼の荷物を置くのはギリギリかもしれないけど、スペースはある。
その人は同じように荷物をひょいと持ち上げ、棚をカチッと押し上げた。
「ありがとう!」
「いいえ」
私こそ助けてもらったからそのお礼だ。
目が合うと気分が落ち着かない。
いそいそと自分のシートに戻ると、その人が私の席の列で足を止めた。
となりの、席。
「隣だ!」
「は、はい」
「いつでもどくから、席立ちたくなったら言って!!」
「はいっ」
「よろしく!!」
「はい!」
私、『はい』ばっかり言ってる。
ろくな返事もできないのかと情けなくなった時、シートベルト着用確認に係の人が見回りに来た。
ブランケットの上からきっちりとシートベルトを締めている。
隣の人もばっちりだ。
あ、れ、 なんだか、視線を感じる。
「あの、さ」
「は、はい!」
また、『はい』って言っちゃった。
なんでだか緊張してくる。
隣の人はまじまじと私を見つめ、呟いた。
「さん?」
驚きで固まってしまう。
続けざまにとフルネームまで出されたら、相手の姿もまた、過去の記憶と重なった。
「もしかして……、日向くん?」
「わかる!? 日向翔陽!」
「「雪ヶ丘中学!!」」
私たちの声が重なった時、飛行機がゆっくりと動き出した。
next.