ハニーチ

Meant to be




日向くんは、またすぐ目を閉じた。
今度はアイマスクをしないで、ブランケットにくるまっている。

機内は寒かった。

冷たい風がどこからかずっと吹いてくる。
真上の送風口だった。
腕を伸ばしてギリギリの高さ、パーツを回すとすぐ空調は止まった。

それでもやっぱり冷える。
乗客は寝てなさいって暗に言われているみたい。

ブランケットをかけ直す。

眠たいような、ねれないような。
うとうとするのに、まだ抵抗する。
周囲の人たちは各々静かに時間を過ごしていた。

日向くんのスマホは、暗い画面のまま。

見せてもらった動画、ネットでまた見れるかな。

きれいなバレーだった。

動画の中の日向くんが浮かぶ。

6人のバレーボール。
コートの中の音がして、響いて、いつかの指先の感覚がよみがえる。


さん、バレー好き?”


ほったらかしになっていた日向くんの質問が、無邪気に聞こえた。


好き?

すき、なのかな。


まどろんでいる内に、夢を見た。

空港で見た時みたく、中学の制服を着ていた。
断片的で、同じようで違う人生を歩んでいる。

そばに日向くんがいた。
私たちはどういう関係かわからないけれど、よく笑い合っていた。

しあわせそうな二人。

目が覚めたとき、なんでだか、胸がいっぱいになった。

知らない世界。

その世界の私は、バレーのそばにいた。

ボールに触れていた。


夢は深層心理をうつすと聞いたことがある。


本当は、わたし、バレー、すきなのかな。


なんで、いま、日向くんと会えたんだろう。



神様がいるんなら、


理由、教えてくれたっていいのに。










知らぬ間に眠っていたようだ。

いま何時だろう。

目を開けた時、自分が片方にもたれている事実に気づいた。


「!?」


日向くんがすぐ近く。

お互いに身を寄せ合う格好になっていた。

そ、そっか。空調!
空調だね、寒すぎるから。
日向くんの方は空調オフじゃないから送風を避けるとこうなる。

私は私で窓がひんやりしているから、温もりを求めて日向くんの方に寄ってしまったらしい。

それが真相、QED、ってそんな説明考えてる場合じゃない。


「!」


離れようとしたのに動けなかったのは、日向くんが私のブランケットを掴んでいたから。
きっと自分のと間違えてる。

こ、このままは、よくない。



「……っ、と!」



見事、脱出成功した。
やればできる。

日向くんの眠りを邪魔しないように、掴まれたブランケットから上手いことくぐり抜け、申し訳ないけど大きく跨ぎ、通路に見事着地した。

誰か見ていたなら褒めてほしいくらいだ。


「NINJA!」


後ろから声がした。

幼い子、そう、さっき日向くんに撫でられてた男の子。

ニンジャ、ニンジャと指を指される。

私じゃないんだけどな。

向かいの席でぐっすりいびきを立てるおじさんを起こしそうで、しーっと人差し指を立てた。

静かにね。

英語でささやくと、クノイチ?と聞かれた。

そんなのよく知ってるなと驚きながら、首を横に振ると、またニンジャか聞かれた。


ノー、ニンジャ。

THIS is ニンジャ。


この子も日向くんに気づくと、ぱぁっと顔が明るくなった。

ニンジャ寝てるから静かにね、と伝えると、頷いて少年は前方に全速力でダッシュした。

静かにしてと言っているのに、子供なんてそんなものか。

気を取り直して飲み物をもらって戻ると、日向くんがどうぞって立ち上がってくれた。


「ありがと、日向くん」

さんも忍者だったの?」


聞かれてたらしい。


「私はフツーの人だよ」


日向くんが退いてくれたスペースを使い、今度は通常通り席についた。
日向くんも何か用事があるのか、しばらく戻ってこなかった。

まだ日本には着かない。

気晴らしにタッチパネルをオンにして今月のおすすめ番組を再生した。

ゲーム特集、最近流行ってるやつだ。

席に戻ってきた日向くんは、私の方に寄ってきて画面を覗き込んだ。
備え付けのイヤホンを外した。


「なに?」

さん、なに見てるのなって」

「おすすめ番組だって、KODZUKENさんの動画出てたから」

「!! 好き、なの?」

「へっ?」


思いの外、日向くんが食いついてきた。

日向くんも好きなのかな。
有名だもんね。

映像を少し巻き戻して日向くんにイヤホンの片方を差し出した。


「指の動きがね、すごいの」


変な楽しみ方かもしれない。

ゲームのプレイそのものより、ほんのちょっとだけ映されてるKODZUKENさんのコントローラーを操作する指先に注目していた。

ものすっごく早い。


「いつもはゲーム画面だけだけど、たまにゲームしてる手元だけ出てて。……なーんか、すごくて、見ちゃうんだよね」


ゲームそのものは興味ないんだけど、このコマンドのでたらめな高速操作の回はつい見てしまう。

日向くんが画面を凝視していた。


「あっ、興味ないならぜんぜん……」


日向くんは無言でイヤホンを外した。

なにか、気に障ることいったかな。



さん、見てて!」

「う、うん」


なにが始まるんだろう。

日向くんは何故か折り紙を持っていて取り出したかと思うと、とてつもない速さで折り鶴をつくった。

速い。
さっきのKODZUKENさん並かも。

2枚目を取り出すと、今度は羽をパタパタできる折り鶴をこれまた高速で折った。

すごい。

じゃじゃーん、とばかりに簡易テーブルの上には鶴が2羽いる。

大きな音は立てられないけど、拍手を送った。


さん、どう!?」

「あっという間に折ったね」

「喜ばれるからたまに折ってた!」

「すごい! これ、作り方忘れちゃった」


感心しつつ、折り鶴のしっぽらしき部分をを引っ張って遊んでいたら、全力疾走していた忍者ファンの子がまた走ってやってきた。

日向くんが静かにするように諭して、折ったばかりの鶴をプレゼントしていた。

素敵な文化交流。

でも、なんで日向くんは折り鶴を折ったんだろう。疑問は残った。






さん、寝ないの?」


オススメ番組も途中で止め、ぼんやりと機内を見回すと、日向くんも起きていた。


「少し寝れたからいいかなって」


無意識に日向くんで暖をとってしまったことは伏せておく。


「日向くんこそ寝れた?」

「けっこう! まだ眠いけど!」

「じゃあ、もうちょっと目閉じてたほうがいいよ」


おやすみ。

話を切るように口にすると、日向くんは寝るのはいいやって両腕を伸ばした。

かと思うと、間にあるひじ掛けに体重をかけた。


さん、寝ないなら俺と話さない?」


わざわざ切り出された誘い文句に目を丸くして、椅子に座り直した。


「いいけど……、なんの話?」

さんの話、ぜんぜん聞けてなかったから」


自分の話ばかり聞いてもらった。
日向くんは言う。

どう答えたらいいかわからなかった。


「日向くんみたく、そんな話題ないよ」


手持ち無沙汰に目の前のモニターに触れると、公式スポンサーをしているスポーツイベントの映像が流れ出した。
そこにもバレー選手が混ざっていた。

日向くんの変化に、なぜかすぐ気づけた。

そっか、烏野高校……


「影山選手?」


口に出すと日向くんが驚いていた。

なんでって、わかりやすかったから。


「日向くんと同じ烏野高校だし、私たちと同い年だし……ライバルかなって」


ポジションも違うのにライバルはおかしいか。

けれど、日向くんは、追いつきたいって心からの言葉をこぼした。

充電がいっぱいになった日向くんのスマートフォンには、影山選手のデータがいくつもあった。


「俺もここに行く」


画面に流れた文字は、世界最大規模の舞台。


「日本戻ったらトライアウト受ける」

「トライアウト?」

「チーム入るための試験っ。

 それにまず受かって金メダル!!」


スポーツの頂点。

真っ暗な機内なのに、日向くんがまぶしくみえた。

日向くんがハッとした様子でスマートホンを両手で握りしめた。
また自分の話になってるって。


「いいのに、ぜんぜん」

「俺、もっとさんのこと知りたい。 教えて!」

「そー、言われても」

「俺に教えたくない?」

「そんなこと、ないけど……」


私のことなんて、面白くないんだけどな。

日向くんに聞かれるがまま、中学を卒業してからのことを話した。

なんてことはない、よくある高校生活。
大学生の今も、別段変わったことをしてる認識はない。

でも、日向くんは聞き上手だった。
私のことをいっぱい質問してくれた。

好奇心旺盛な人。
こんな、長旅の時間をつぶすのにちょうどいいのかもしれない。

そう気を抜いた時に、日向くんは言った。


さん、バレー好きだよね」


日向くんは、心からそう思っているようだった。

逃げ場を求めるように真っ暗なモニターを見た。

私がうっすら反射する。
どこか心細そうな子がいた。


「中1の時だったかなっ、体育でさんがトス上げてんの見てさ、俺も!!って思ったけど……うまく、話しかけらんなくて」


日向くんはぽつりぽつりと昔のことを話してくれた。

日向くんの中学校生活の片隅に、たしかにはいたらしい。

私は、日向くんのこと、全然……


「ごめん、バレーやりたがってたことしか覚えてない」


記憶の中の日向くんは、いつもボールを一人であげていた。

そこまで言葉に出来なかったけど、なんでだか、何もできなかった自分が申し訳なくなった。

日向くんは満足そうにほほえんだ。


「それが“俺”だよ」


まぶしい。
真っ暗なのに眩しい。
逃げたい。逃げ場がない。


さんさ、運命って信じる?」


唐突な単語に、思わず隣を見た。

視線がぶつかると、日向くんはどことなくうれしそうだった。

ダメ。
自分にストップをかける。

困惑していると、急に飛行機が揺れてシートベルトマークが点灯した。

天候の乱れに突入したらしい。
席に着くようアナウンスが流れ、一瞬だけジェットコースターみたく落下する感覚に襲われた。

咄嗟に手すりを掴もうとしたら、なぜか“偶然”、私たちは手をつなぐ格好になった。

息をのむ。
たぶん、日向くんも。

顔を見合わせたまま、お互いに言葉も発せず、そのあいだ飛行機はさらに大きく横揺れした。

怖かった。
もう片方の手すりを強く握りしめる。

日向くんの手にぐっと力が入る。

自分じゃない、だれかの温度。
なんでか安心できた。


浮遊感。

ひあっ、と機内で声がどこかしこで上がり、しばらくして飛行機はまた安定した。






「す、ごかったね。 ごめん」


私たちの手はつながったままだった。

日向くんは、まだ私の手を握っていてくれた。


さん、こわくない?」

「だっ大丈夫っ、へーき、ありがと」


安心したのは本当だ。

日向くんが手を離してくれた。


「怖かったら言って! また繋ぐっ」


日向くんの感覚が残る手のひらを、ブランケットの上で眺めた。


「そ、そういうの……、あんまり言わない方が」


言ってから、私こそ言わなきゃよかったと後悔した。


「なんで?」

「いやその、勘違い、されるかも」

「どんな?」

「わ、わからないならいいんだけど」


むしろ、わからなくていい。

私が今、勝手にそうなっただけだ。


日向くんは一呼吸置いてから言った。


「俺、日本に帰る前にさ、ビーチバレーで組んだ人の結婚式に出たんだ」


私の戸惑いに気づかず、日向くんは続ける。

喜びあふれる結婚式で、それはそれは幸せそうな二人だったそうだ。


「そん時に、ショーヨーも早く運命の相手を見つけられたらいいねって言われた」


日向くんは言葉を一旦切って、その時を思い出しているのか、天井を見上げた。


「ピンと来なかったんだよなー……

 高校からずっとバレーしてたし、今も。

綺麗なひとだーとか、かわいいなーって思うこともあったけど、それだけで。

その時が来たらわかるって言われて、いつだろうなーって」


日向くんの見つめる先が、私に変わる。


さんに会ってわかった!

“今日”だったっ」


日向くんが屈託なく続ける。


「だから、怖い時はいつでも言ってっ。

 俺、ずっと手握ってる!」


急展開、あれ、待って。

日向くん、今、なんの話ししてた?

運命っ!?


「あっあの、日向くん」

「翔陽でいいよ。俺、もっとさんと仲良くなりたい!」


返事もできず、頭の中がとっ散らかった。

日向くんは、のんきに充電ケーブルを片づけている。


「っ!」


ふわっ とした感覚、揺れ。

窓の向こうは雲しかみえない。


「手、つなぐ?」


日向くんが手を差し伸べる。

子供みたくそっぽを向いて答えた。


「い、いいっ」


飛行機はすぐまた揺れなくなったし、いや、揺れたって手すりを掴むだけだ。
なんで、手なんか……、待って、発想がおかしい。

そもそも私と日向くんは、今日はじめてまともに会話した。

事実を正す必要がある。


「日向くん!」

「ん?」

「日向くんは、いま、2年間の修行を終えて多分だけど、すごく気分が良いと思う」

「うん」

「で、いま私たちは飛行機の上にいる」


日向くんがその事実を肯定する。

こほん、と咳払いをした。


「だからだよ!」


私は自分の正しさを噛み締めながら続けた。

これは、“非日常”の魔法だ。

旅の特有のチャーム、誰しもがこの状況になればかかってしまうもの。

一般的には、吊り橋効果っていう。


「吊り橋効果って、なに?」

「有名な心理学」


人は吊り橋みたいに不安や恐怖を感じるところにいると恋に落ちやすい。

他のことでドキドキしているのに、相手にときめいていると勘違いする。

一般的にはそこから恋に発展することも多いから、恋愛テクニックとして有名だ。

って、漫画や雑誌の受け売りだけど、それは今はいい。


「だからね、日向くん」

さん、これ! 一緒に観ない!?」

「映画?」


日向くんの行動は脈略がない。

なんで急に映画なんか。


「ドキドキしたら、さん恋してくれるってことだよねっ」

「は!?」

「怖いやつ……がいいのか、アクションのがおもしろそうだけど」


こっちの気も知らないで、日向くんはどれが一番ドキドキする映画か考えてる。

瞬間、なんで私ばっかりって腹が立った。
日向くんのタッチパネルに割り込んで、まったくドキドキしなさそうなキッズ向け映画をわざと選択した。
自分も同じのにする。

日向くんが『これ観たかったの?』って聞くから、残り時間あんまりないよってすげなく教えてあげた。
事実でもある。

日本までもう少し。
食事の時間もまたあるし、着陸する直前はこういった映画は見れなくなるものだ。

日向くんはまたのんきに聞いてきた。


「この映画ってドキドキする?」


日本の七不思議をテーマにした少年少女の映画、夏休みによくやってるような。


「わかんない」

「ま、いっか!」


投げやりに答えたのに、日向くんはさんが選んでくれたってワクワクしながら見始めた。

何の巡りあわせだろう、映画の制作年は奇しくも私たちが中学生のときだ。

映画の内容よりも、日向くんに言われたことで頭がいっぱいだった。




next.