ハニーチ






翔陽に案内してもらったスーパーは、聞いていた通り、広くて活気にあふれていた。

このへんだと高級志向のお店らしい。
翔陽は、自分はあんまり使わないけどおみやげを買いたいならここ! だそうだ。

あまりに広くてはぐれないよう、翔陽の服をつかんでうしろにくっついて歩いた。
並んで歩くには人にぶつかりそうだった。
翔陽は嫌がるかなと気になったけど、むしろ嬉しそうだった。

はりきって進んだ先、(途中、野菜やお肉、お酒、いろんなものを通り過ぎた)、目当ての棚があった。


「お菓子ならこのへん!」


空港で見かけるような、外国のお菓子がまず目についた。

現地のお菓子はまた違う棚だ。
日本で見たことのないパッケージがたくさん並び、街中で見かけたウェハースやチョコレートボンボンの大袋もあった。
ポテトチップスにクッキー……、日本にも似たものはありそうだけど、色遣いやロゴの配置だろうか、外国らしさがある。


、どういうのがいい?」

「実は、あんまり決めてない」


元より翔陽の誕生日を祝うために来ただけで、夏休みでもない時期に日本を発つこの旅行のことを、周りの人にそこまで話してもいなかった。

近しい人にだけ、気持ちばかり買えれば十分。

かえって決めづらい。

軽そうで味に当たりはずれのないチョコレート系が無難か……


「これ、けっこううまいよ」


翔陽が、原色のグリーンとイエローのパッケージの袋を一つ手に取った。キャラメルだそうだ。

買ってみようか。日本じゃあんまり見ないし。


「他も見ていい?」

「もちろん」


上から下まで商品を眺めていき、たしかにそこら辺のお店よりはずっと品ぞろえはよさそうだった。


「ブラジルコーヒー……」

、飲むの?」

「いや、ブラジルと言えばコーヒーかなって」


手に取ったブランドは、現地で人気なものだそうだ。


「翔陽は飲む?」

「ううん、でも、飲む人は飲む! 砂糖すげー入れてる。 も、あとで飲む?」

「そうだね、お昼の時でも。 時間がなきゃ空港で試してみる」


空港、と単語を出すと、翔陽は一瞬だけ動きを止めたようにみえたけど、気のせいかもしれない。

せっかくなので、帰ってからでも飲みやすそうなものを一つ手にとった。



「あっ」


小走りで別のコーナーに駆け寄って、目についた袋を一つ手にした。

振り返ると翔陽がいない。

そんなにすばやく走った覚えはないけど、私が早すぎて見失ったのかと思えば、そうじゃなかった。

翔陽の手には買い物かごがあった。


、入れてっ。 どした?」


いきなりいなくなっててビックリした、とは言えず、わざと軽口をたたいた。


「翔陽、迷子になったかと思って」

「なんねーっ。 それより、なに? 粉?」

「翔陽が、朝、買ってきてくれたパンの粉、あったから」

「すげっ、こんなのあるんだっ」

「翔陽も作ってみる?」

「俺はあそこの店のが気に入ってる! うまいし!」

「たしかにっ、これ、どうだろ」

「写真はうまそうだけど」

「だね……」


翔陽の持つかごに、ひとつ入れてみた。


「買うの?」

「こういうの作るの楽しそうだし。 おいしかったら翔陽にも教えてあげるね」

「……う、ん」

「ん?」


翔陽の表情が急に暗くなる。

どうしたんだろう。

かごが重たくなった? いや、それはなさそう。


「翔陽、どうしたの?」

「!な、なにが」

「何か、問題でもある?」

「な、ない! 問題は、ない」

「ほんとっ?」

「ほんとっ、……じゃない」


顔をさっと背け、翔陽はぐっとこぶしを作って答えた。


「ウソなんだ」


ちょうど別のお客さんがやってきたから、適当に違う棚へと向かった。

お茶のコーナーだ。

観光ブックで見かけたお茶の一つを手にした時、翔陽が言った。


「だれが、もらうのかって、気になって」

「なにを?」

「俺は、もらえないのに」

「……なにを?」


それがイヤだった、と結論付けられても、言葉が足りないので、翔陽の言おうとしていることを理解できない。

ひとまずガイドブックに載っていたお茶(たしかマテ茶)を棚に戻して翔陽と向き合った。


「誰が、何をもらうの?」


翔陽はそっぽを向いたまま、話そうとしない。


「ねえってば」

「俺、カッコ悪い!」

「もー話してよっ」

が、作ったもの」

「私が?」


ああ、やっとわかった。

さっきの粉か、ポンデケージョ。

翔陽が今朝、買ってきてくれた、ブラジルで一般的に食されるチーズパン。

私が笑うと、笑うなってはずかしそうにツッコまれた。
でも、笑ってしまうのも仕方ない。


「翔陽はいつでも、本場の食べれるのに」

「そうだけどっ、そうじゃない! 、誰かに差し入れするだろ」

「まあ……、いっぱい作れそうだし」


この袋ひとつで、それなりの数の一口サイズのパンを作れそうだった。


「それが、うらやましい」


さすがに、じゃあ、今から作ろうとも言い出せない。


「じゃあさ」


翔陽の腕に自分のを絡めながら言った。


「誰にもあげないことにする」


翔陽はまばたきしてから、じっと私を見つめた。

土産なのに?って。

お土産でも、と返す。


「翔陽のためにここに来たんだし、翔陽のことを考えて、ぜんぶ自分で食べることにする」


それならいいでしょう?って尋ねると、翔陽は顔を綻ばせた。

かと思うと、いきなり目をぎゅっと閉じて天井を仰いだ。

突然の行動に周囲にいたお客さんたちも反応していたが、一緒にいる時はよくあることだ。
こんなことすら懐かしく、うれしくもあった。


「俺、カッコ悪い!」

「そう?」

の手作りをもらうやつに、嫉妬した」


腕をぎゅっと抱きながら、商品棚を適当に眺めた。


「私、そんなにひょいひょいあげてないよ。

 ……なに、その顔」


まるで疑ってるみたく、翔陽はこっちを見ている。


「誰にでも! じゃないけど、たまに、あげてるだろ、手作り」

「たまーー、にね」

「その、たまにが気になる」

「翔陽、食いしんぼうだ」

「違う!」


めぼしいものは見終わった。

レジに向かう途中、ちょうどセールになっているらしいウェハースの袋も、やっぱり買い物かごに入れた。


「俺は!」


いきなり翔陽が切り出した。

商品を確認し、会計にかかるお金を準備している時だった。

レジの順番はすぐだ。


「『俺は』、なに?」

「お金払ってからいいっ、つか、俺が」

「修行中の人はそういうのいいから」


レジの人を困らせないようにさっさとお会計を済ませた。

荷物をまとめて、スーパーを後にする。

外はいっそう空が明るかった。青空。少し青みがかっている。

手を繋いで歩き出した時に切り出した。


「さっきの、“俺は”の続きは?」


ここで話の続きが聞けないと、次に会う時まで気になってしまう。

翔陽は最初言いづらそうにしていたけど、私の言葉に観念したのか、ほっぺたをかいて、ぼそり、言った。

聞こえない。


「い、今、言っただろ」

「それくらいの大きさでしゃべってよ」

「だ、だから」

「だから?」


追求すると、翔陽はぎゅっと手を握り、私を引き寄せた。


「俺は、のぜんぶが欲しい」


照れくさいのだろうか、翔陽はスタスタと歩いていく。


「どこ、向かってるの?」

「土産物っ、あっちの通りに多い!」

「そっか」


引っ張られる形で、翔陽と手を繋いだまま歩いていく。

“俺は、のぜんぶが欲しい”

翔陽が言った言葉をくりかえす。

わたしの、全部。

不意に翔陽が振り返った。


はっ、どーなんだよ」

「へ?」


聞かれても、ぱっとはすぐ応えられない。

翔陽はじぃっと私を見つめて言った。


「すぐ、そうやってかわいい顔、すんだよな」

「はあ?」

「かわいい!」


勢いよく胸板に押し付けられたかと思えば、ふたたび土産物屋を目指して歩き出した。

翔陽はくるくると風向きが変わる。

たぶん、いくつになっても、こうなんだろう。
私はこの人を読み切れない。

前よりもたくましくなった背中を見つめ続けた。









翔陽が連れてきてくれた通りは、今朝少しだけ立ち寄った時と違い、観光客であふれていた。
お店も開いている。メインストリートらしい。

翔陽が買ってきてくれた飲み物と似たのを手にして談笑するグループ、サングラスを選ぶ人、今にも海に繰り出しそうな家族の人たち、目印を持ったツアーガイド、運ばれてきたコーヒーに何個も砂糖を入れるテラス席。

観光地特有のにぎやかさの中を、翔陽と二人歩いた。

海が近かった。


、このTシャツどう!?」


どピンク、派手なラメ。


「……個性的だね」

「土産にいいかと思って!」

「翔陽が帰る時に買ったらどう?」

「そうする!」


誰に買う気だろう。少なくとも私じゃないとは思うけど、喜ぶ相手が思いつかない。

この店までの道中も思っていたけど、翔陽のお土産センスって変わってる。
もらった人の手元に残らないものを基準にしている私とはずいぶん違った。

そうだ、Tシャツ。

翔陽の振舞いのおかげで1枚ダメになったので、せっかくだし、1枚何か買おうと思っていた。

キーティちゃんらしきTシャツもあったけど、よく見ると、絶対ニセモノだ。顔が違う。

あ、カラスのやつもある!
バボちゃんも!


、あれ欲しいの? プレゼントする?」

「あのさ、サイズ、子ども用だけど」

「知ってる」


翔陽が楽しそうに笑った。

あ。


「あれにしようかな」

「アイラブブラジル?」

「ジャパンもあるよ」


一人称の“I”に、真っ赤なハート型に、色んな英単語が続く。

I LOVE NEW YORK.

I LOVE PARIS.

ブラジルだけじゃなくいろんなチョイスが出来た。


「翔陽、あれ取って!」

「TOKYO?」

「の、となり!」

「これ?」

「それっ」


翔陽は手を伸ばし、一枚のTシャツを取って、しげしげと眺めてから手渡してくれた。


、何も書いてない」

「知ってる」


一人称の“I”に、真っ赤なハート型、だけのTシャツだった。

I LOVE だけのTシャツは、なんでも愛せそう。

そう翔陽に話した時、お店の人が奥から出てきた。
買い物を終えたお客さんが私たちの脇を通って出ていった。

買うのかって聞かれたから頷くと、レジは奥だと言われ、翔陽に待っててと告げ、付いて行った。

買う時に聞かれた。どこから来たのか。
そばに貼ってあったマグネットを指差した。ジャパン。

遠くから来たねと会話する内に、Tシャツを買い終え、遠い国から来た貴方に、となぜかプレゼントをもらった。なにこれ。


っ、それ、なに?」


Tシャツ以外の小袋を手にする私に翔陽はすぐ気づいた。

封もされていない袋の中身は、ペンだった。とくにお土産らしさはない。


「なんでもらったの?」

「よく、わかんない」


振り返ると、おまけをくれた店員さんがにこやかに手を振っていた。

買ったばかりのTシャツを腕に抱えなおした。


「このTシャツ、ずっと売れてなくて、買ってくれてありがとうって思ったとか?」

「うーーん、たしかに、のセンス、変わってるもんな」

「……翔陽に言われたくない」

「なんでっ」


あのどぎついピンクのTシャツに目を付けておいてよく言うなって密かにツッコんだ。
当の翔陽は、本気で理由がわかってないようだった。


お店の外に出ると、日はまた高くなっていた。

もうすぐ昼時だ。タイムリミット。



next.