ハニーチ





***






夕暮れどきのビーチは明るかった。

どこまでも広い海の向こう、太陽がみえる。

そのまぶしい輝きが、目に映るすべてを祝福するように照らしていた。

おかげで、迷いなく、たった一人のひとを見つけることができた。

私には、日向翔陽がスポットライトを浴びているようにみえた。









2回目のサプライズも成功だった。

翔陽はちっとも動かない。
今日はスマートフォンじゃなくボールを3つ取り落とした。

ビーチバレー教室の先生がどうしたんだって話しかけても、肩に手を置かれても、翔陽は動き出す気配はなかった。

ただ、私を見つめて、固まっていた。

参加者の人たちは、いつレッスンが始まるのだろうと楽しげに談笑していた。
予想以上のサプライズを仕掛けてしまったようで、さすがに申し訳なくなり、翔陽の取り落としたボールを一つずつ拾いあげた。

コーチの先生はにこやかに受け取って、ボールをまとめて片付けた。

さあ、今日のレッスンを始めようって、合図を出されたときだ。

翔陽は私をビーチサイドのお店の裏まで連れ去った。



っ、……! ……!!」


翔陽は私の両肩を掴んだまま、何か言おうとして、でも何も言えなくて、上を向いたり下を向いたり、必死に頭を回転させているようだった。


「あの、ごめん。 驚かせた?」


翔陽は、私の問いかけに高速で頷いた。

向こうでは、ビーチバレー教室がはじまった。

コーチの人は、集合場所に現れたときと同じく華やかな様子だった。
参加者同士、腕のぶつからない広さを確保するよう伝えていた。

翔陽が深呼吸をくりかえし、帽子のつばを握ったかと思うと外し、私の方へ押しつけた。

受け取ると、翔陽は上の服を脱いだ。


、貸して」


言われるがまま、翔陽に帽子をかえした。

服を脱ぐために、一時的に帽子を持っていて欲しかったらしい。

!?

翔陽は、その脱いだ服を私に上からかぶせた。

まとめた髪も崩れた。


、そで通せ」

「な、なんで」

「いいからはやく」


もう始まってんだし、と急かされたら着る他ない。

翔陽は、私に服を着せると、裾をつかんで思い切り下に引いた。
わざわざ背後に回ってチェックし、よし、と一つ頷いた。


「これでいい」


何がいいか、わからなかった。


「せっかく、水着、選んできたのに」


翔陽にビーチバレーを教わるならと、はりきって新調した水着は、翔陽の手ですっかり隠されていた。


「わっ! なにっ」


髪をわしゃわしゃと荒っぽく撫でられる。

この髪型も試行錯誤して整えてきたのに、翔陽はお構いなしだった。

逃げようと後ずさると、翔陽はすぐ片腕で私をつかまえて、ずっとなで続けた。
こうまでされたら逃れるすべはない。
大人しく翔陽に従った。

不意に撫でるのをやめたかと思うと、ぎゅっと抱き寄せられた。


「なんで、ここにいるのか、今は聞かない。

 俺のためだろうし」


翔陽は私の髪をやさしく解いてから、するりと背中に手を回して見つめた。

キャップのつばが影をつくって、翔陽の表情を見えづらくする。


「行こう、教室はじまってる」


翔陽は私の手を引いて歩き出した。明るい方へ。


「なんで、服、着せたの?」


ざっ、ざっ、ざっ、砂は踏むたび、いつもと違う足裏の感覚だった。


「しょ、」


名前を呼ぼうとしてやめた。
真意を探るように翔陽が私をまっすぐ両の目で捉えた。


「俺がもたない」


翔陽は帽子をもう一度はずし、これから私たちが何をするか、向こうから見えないようにした。


がいて、おどろいた。

 ……うれしい」


うれしい。




間近でみた翔陽は、今度は甘くあまい笑顔だった。

軽くふれ、すぐ離れた。

名残惜しむ間もなく、翔陽は帽子をかぶり直し、バレーする顔になった。










『ショーヨー、どうして戻ってきた?

 誕生日だし、ガールフレンドと過ごしなよ!』


『仕事します!!』


コーチと翔陽のやり取りで笑いが起こる。
発端は自分とあって肩身が狭かったが、参加者の人たちもコーチもみんなあたたかかった。

レッスンは終始なごやかな雰囲気だった。
少なくとも見えている範囲では、翔陽がコーチに怒られることはなさそうで安心した。

遅れを取り戻すべく、気持ち駆け足で準備体操をこなす。

空は昼間のようにまだ明るい。

そりゃ、生徒に混ざれば、翔陽もおどろくとは思っていたけど、予想以上だった。


丁寧な準備体操の後、翔陽は、こほんと、咳払いをして、改めて自己紹介した。

お客さんたちは、待ち合わせのときから感じていたけど、とても感じがよく、ノリもよかった。
翔陽が受け入れられているようでうれしい。
このビーチ特有のものなのか、この国がそうさせるのか。

気持ちのよい海風が吹き抜ける。


、あの子があなたのボーイフレンドね?』


ご年配の女性は、ビーチバレー教室の待ち合わせ場所でまっさきに話しかけてくれた。
白地に真っ赤なドットの水着がよく似合っている。

移動している最中、先頭を歩く翔陽を指差して話しかけられ、素直にうなずいて答えた。


『ビーチバレーの選手なんて素敵』


一瞬、答えに迷った。

砂を踏みしめて言葉を選んだ。


『いいえ……、バレーボール選手です。

 もっとバレーで強くなるために、今は、この国でビーチバレーをしています』


たとえ日本語だとしても説明しづらい。
恨めしく翔陽の背中をみつめた。

意味、通じたかな。そばの女性の様子を窺った。


『すばらしい経験をしている最中ね』


手を合わせて微笑まれた。
本当に心からそう思っているようだった。

同じようにほっぺたが緩んだ。


誘導されてきた場所には準備されたコートがいくつもあった。
その内の一つで、初心者向けのビーチバレー講座がはじまった。


ルールの説明や、一つ一つの動きの説明。

翔陽は、慣れた調子で話していた。英語で。

何度も話すうちに覚えたと聞いていたとおり、とても聞きやすい英語だった。

ときどき、講師の先生が口を挟んで笑いをとる。

合間には翔陽が実際の動きを見せてくれた。
時に、先生からの無茶ぶりにも応えた。

口コミがよかったのも、そういうやりとりが受けているんだろう。
今日のお客さんも星5つつけそうだな、なんて、お客じゃない視点でついつい聞き入ってしまった。


あっという間に基礎知識のレクチャーは終わり、参加者同士のビーチバレーの試合に移った。






『ねえ、


いっしょに組んだ、先ほどの女性は、コートチェンジのタイミングで声をかけてきた。

相手は中学生二人。
お互いに相手としてちょうどいい腕前だった。

試合は何回かくりかえし、すっかりレッスン終わりの雰囲気だった。
向こうも水分補給している。
彼女もてっきり水のボトルを取って欲しいのかと思った。


『どうぞ』

『ちがうの、私、主人の試合が見たいの』


あっちのコートで若い男性とペアを組んでいるのが、この人の旦那さんだ。
ちょうど見事にスパイクを決めた。

女性はとびきりの拍手を贈っていた。

『今の見た?』

まるで同級生の女の子みたいだった。


『やっぱり私、自分がするより、あの人がビーチバレーするのを見たいわ。

 、悪いけど、他の人と組んでくれる?』

『大丈夫ですよ』

『そうだ。 ショーヨー! ショーヨー!!』


それぞれの試合を見て回っていた翔陽に、その人は手を振って呼びかけた。

翔陽はすっかりビーチバレーの先生になっていた。


『どうしました?』

『私、休みたいから、代わりにと組んでくれる?』


向こうではコーチが家族連れに混ざって子どもにトスを上げていた。
参加者の人数的に余っている人はいない。

翔陽はこころよく頷くと、女性はホッとした様子で目を細めた。


『よかった、ありがとう。

 それと、お誕生日おめでとう、ショーヨー』


品のある、可愛らしい言い方だった。

コーチが冒頭に翔陽の誕生日を参加者みんなに伝えていたから、この女性も覚えていたらしい。

翔陽は嬉しそうにこたえた。


『ありがとうございます!!』


女性は、ネットの向こうの二人にも声をかけ、旦那さんの活躍するコートへと急いだ。

あの旦那さん、今度は見事にレシーブを上げていた。すごい。





その響きは、英語じゃなかった。

審判員じゃなくバレーボール選手の顔で、翔陽は帽子の角度を変えた。


「やるぞっ」

「うん!」


応えながら、こうやって何度、この人に惹かれるんだろうと不思議に思った。

私たちは試合を再開した。



next.