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夕暮れどきのビーチは明るかった。
どこまでも広い海の向こう、太陽がみえる。
そのまぶしい輝きが、目に映るすべてを祝福するように照らしていた。
おかげで、迷いなく、たった一人のひとを見つけることができた。
私には、日向翔陽がスポットライトを浴びているようにみえた。
2回目のサプライズも成功だった。
翔陽はちっとも動かない。
今日はスマートフォンじゃなくボールを3つ取り落とした。
ビーチバレー教室の先生がどうしたんだって話しかけても、肩に手を置かれても、翔陽は動き出す気配はなかった。
ただ、私を見つめて、固まっていた。
参加者の人たちは、いつレッスンが始まるのだろうと楽しげに談笑していた。
予想以上のサプライズを仕掛けてしまったようで、さすがに申し訳なくなり、翔陽の取り落としたボールを一つずつ拾いあげた。
コーチの先生はにこやかに受け取って、ボールをまとめて片付けた。
さあ、今日のレッスンを始めようって、合図を出されたときだ。
翔陽は私をビーチサイドのお店の裏まで連れ去った。
「っ、……! ……!!」
翔陽は私の両肩を掴んだまま、何か言おうとして、でも何も言えなくて、上を向いたり下を向いたり、必死に頭を回転させているようだった。
「あの、ごめん。 驚かせた?」
翔陽は、私の問いかけに高速で頷いた。
向こうでは、ビーチバレー教室がはじまった。
コーチの人は、集合場所に現れたときと同じく華やかな様子だった。
参加者同士、腕のぶつからない広さを確保するよう伝えていた。
翔陽が深呼吸をくりかえし、帽子のつばを握ったかと思うと外し、私の方へ押しつけた。
受け取ると、翔陽は上の服を脱いだ。
「、貸して」
言われるがまま、翔陽に帽子をかえした。
服を脱ぐために、一時的に帽子を持っていて欲しかったらしい。
!?
翔陽は、その脱いだ服を私に上からかぶせた。
まとめた髪も崩れた。
「、そで通せ」
「な、なんで」
「いいからはやく」
もう始まってんだし、と急かされたら着る他ない。
翔陽は、私に服を着せると、裾をつかんで思い切り下に引いた。
わざわざ背後に回ってチェックし、よし、と一つ頷いた。
「これでいい」
何がいいか、わからなかった。
「せっかく、水着、選んできたのに」
翔陽にビーチバレーを教わるならと、はりきって新調した水着は、翔陽の手ですっかり隠されていた。
「わっ! なにっ」
髪をわしゃわしゃと荒っぽく撫でられる。
この髪型も試行錯誤して整えてきたのに、翔陽はお構いなしだった。
逃げようと後ずさると、翔陽はすぐ片腕で私をつかまえて、ずっとなで続けた。
こうまでされたら逃れるすべはない。
大人しく翔陽に従った。
不意に撫でるのをやめたかと思うと、ぎゅっと抱き寄せられた。
「なんで、ここにいるのか、今は聞かない。
俺のためだろうし」
翔陽は私の髪をやさしく解いてから、するりと背中に手を回して見つめた。
キャップのつばが影をつくって、翔陽の表情を見えづらくする。
「行こう、教室はじまってる」
翔陽は私の手を引いて歩き出した。明るい方へ。
「なんで、服、着せたの?」
ざっ、ざっ、ざっ、砂は踏むたび、いつもと違う足裏の感覚だった。
「しょ、」
名前を呼ぼうとしてやめた。
真意を探るように翔陽が私をまっすぐ両の目で捉えた。
「俺がもたない」
翔陽は帽子をもう一度はずし、これから私たちが何をするか、向こうから見えないようにした。
「がいて、おどろいた。
……うれしい」
うれしい。
。
間近でみた翔陽は、今度は甘くあまい笑顔だった。
軽くふれ、すぐ離れた。
名残惜しむ間もなく、翔陽は帽子をかぶり直し、バレーする顔になった。
『ショーヨー、どうして戻ってきた?
誕生日だし、ガールフレンドと過ごしなよ!』
『仕事します!!』
コーチと翔陽のやり取りで笑いが起こる。
発端は自分とあって肩身が狭かったが、参加者の人たちもコーチもみんなあたたかかった。
レッスンは終始なごやかな雰囲気だった。
少なくとも見えている範囲では、翔陽がコーチに怒られることはなさそうで安心した。
遅れを取り戻すべく、気持ち駆け足で準備体操をこなす。
空は昼間のようにまだ明るい。
そりゃ、生徒に混ざれば、翔陽もおどろくとは思っていたけど、予想以上だった。
丁寧な準備体操の後、翔陽は、こほんと、咳払いをして、改めて自己紹介した。
お客さんたちは、待ち合わせのときから感じていたけど、とても感じがよく、ノリもよかった。
翔陽が受け入れられているようでうれしい。
このビーチ特有のものなのか、この国がそうさせるのか。
気持ちのよい海風が吹き抜ける。
『、あの子があなたのボーイフレンドね?』
ご年配の女性は、ビーチバレー教室の待ち合わせ場所でまっさきに話しかけてくれた。
白地に真っ赤なドットの水着がよく似合っている。
移動している最中、先頭を歩く翔陽を指差して話しかけられ、素直にうなずいて答えた。
『ビーチバレーの選手なんて素敵』
一瞬、答えに迷った。
砂を踏みしめて言葉を選んだ。
『いいえ……、バレーボール選手です。
もっとバレーで強くなるために、今は、この国でビーチバレーをしています』
たとえ日本語だとしても説明しづらい。
恨めしく翔陽の背中をみつめた。
意味、通じたかな。そばの女性の様子を窺った。
『すばらしい経験をしている最中ね』
手を合わせて微笑まれた。
本当に心からそう思っているようだった。
同じようにほっぺたが緩んだ。
誘導されてきた場所には準備されたコートがいくつもあった。
その内の一つで、初心者向けのビーチバレー講座がはじまった。
ルールの説明や、一つ一つの動きの説明。
翔陽は、慣れた調子で話していた。英語で。
何度も話すうちに覚えたと聞いていたとおり、とても聞きやすい英語だった。
ときどき、講師の先生が口を挟んで笑いをとる。
合間には翔陽が実際の動きを見せてくれた。
時に、先生からの無茶ぶりにも応えた。
口コミがよかったのも、そういうやりとりが受けているんだろう。
今日のお客さんも星5つつけそうだな、なんて、お客じゃない視点でついつい聞き入ってしまった。
あっという間に基礎知識のレクチャーは終わり、参加者同士のビーチバレーの試合に移った。
『ねえ、』
いっしょに組んだ、先ほどの女性は、コートチェンジのタイミングで声をかけてきた。
相手は中学生二人。
お互いに相手としてちょうどいい腕前だった。
試合は何回かくりかえし、すっかりレッスン終わりの雰囲気だった。
向こうも水分補給している。
彼女もてっきり水のボトルを取って欲しいのかと思った。
『どうぞ』
『ちがうの、私、主人の試合が見たいの』
あっちのコートで若い男性とペアを組んでいるのが、この人の旦那さんだ。
ちょうど見事にスパイクを決めた。
女性はとびきりの拍手を贈っていた。
『今の見た?』
まるで同級生の女の子みたいだった。
『やっぱり私、自分がするより、あの人がビーチバレーするのを見たいわ。
、悪いけど、他の人と組んでくれる?』
『大丈夫ですよ』
『そうだ。 ショーヨー! ショーヨー!!』
それぞれの試合を見て回っていた翔陽に、その人は手を振って呼びかけた。
翔陽はすっかりビーチバレーの先生になっていた。
『どうしました?』
『私、休みたいから、代わりにと組んでくれる?』
向こうではコーチが家族連れに混ざって子どもにトスを上げていた。
参加者の人数的に余っている人はいない。
翔陽はこころよく頷くと、女性はホッとした様子で目を細めた。
『よかった、ありがとう。
それと、お誕生日おめでとう、ショーヨー』
品のある、可愛らしい言い方だった。
コーチが冒頭に翔陽の誕生日を参加者みんなに伝えていたから、この女性も覚えていたらしい。
翔陽は嬉しそうにこたえた。
『ありがとうございます!!』
女性は、ネットの向こうの二人にも声をかけ、旦那さんの活躍するコートへと急いだ。
あの旦那さん、今度は見事にレシーブを上げていた。すごい。
「」
その響きは、英語じゃなかった。
審判員じゃなくバレーボール選手の顔で、翔陽は帽子の角度を変えた。
「やるぞっ」
「うん!」
応えながら、こうやって何度、この人に惹かれるんだろうと不思議に思った。
私たちは試合を再開した。
next.