ハニーチ






翔陽が案内してくれたのは、いくつかお店の入ったフードコートだった。

観光客の人が多めで、本当にいつも行く店なのか確認すると、その支店が入ってると説明してくれた。

なんでもコーチの入れ知恵らしい。

愛する彼女を案内するなら、こういう個別席のあるところをおススメする、だそうだ。


実際、便利な場所だった。

プリペイドカード式の支払いで、それぞれ違うお店の料理を注文することもできる(そのプリペイドカードも、コーチからプレゼントされたそうだ)

いま、この辺の若い人たち注目のスポット、らしい。
たしかにブランコみたいな席や、鮮やかな色の革張りソファーもあって、SNS映えしそうだった。

私たちは、大きな窓ガラスのほうにあるボックス席にした。

この席からも海が見えた。
二人で話すにはちょうどよくて、適度にロマンティックにもなれそうな場所。

でも、夜になってしまえば、ガラスの向こうの景色にうっすらお互いが映ってしまって、夜景も何もなかった。
きっと夕方が一番適した席だと思う。

翔陽は健康的でいかにもスポーツマンと思われるチョイスをして、私は、迷った末に、一番人気のコンボメニューを選んだ。

味見をしあった結果、たしかに人気NO.1に相応しいメニューだと私と翔陽は結論付けた。


楽しく笑って、話をして、下りてきた坂道をいっしょに上がった。

夜風が心地よかった
二人なら坂道だってかまわなかった。

ホテルの入り口に向かう途中、自転車を見つけた。

きっと翔陽のだ。

見て見ぬふりをして、翔陽の手を引いた。


ロビーに入った時だ。

翔陽が足を止めた。合わせて私も立ち止まった。

胸の中で、お別れされる準備をする。

坂道を自転車で下れば、翔陽はあっという間に自分の家へ帰れるだろう。




「なに?」


なあに、なんてお芝居がかってると自嘲した。













「俺、コーヒー飲みたい。 だめ?」













「いいよ」








翔陽の手を引いた。


「じゃあ、部屋に行こう。

 砂糖、たくさん入れないとね」


私は勝手知ったるホテルの中を進んだ。
翔陽の手を握ったまま。

翔陽はついてきた。黙って。


3階の部屋だった。
エレベーターからは遠くて、奥の階段からは近い。でも、明かりがついてても暗い。

隣の部屋からは距離があって、その隣の部屋にも人は入ってなかった。
観光シーズンになれば全部埋まるんだろうけど、立地的にまだガラ空きのようだった。
きっと坂道が原因と思われた。

人気がないホテルは、おばけでも出そうで、ちょっとだけこわい。

鍵を探して取り出すと、翔陽が言った。


「カードキーだ、かっけーっ」


少年のように声を弾ませる様子に、昨日より開けやすいのが助かると返した。


「開けづらかったもんな、昨日のドア」

「今日は一瞬、ほら、どーぞ」


レディーファーストを無視して翔陽を部屋へと進めた。

さいわい翔陽との待ち合わせまで時間があったから、部屋はきちんと片付いていた。

昨日よりもずっと部屋は広かった。

ベッドは何故か3つあった。
でも、サイズ自体は小さい。窮屈だった。

どうしたものか悩んだ末に、ぜんぶ隙間なくくっつけることにした。


もし、二人抱き合っても、大丈夫なように。



それは、正解だった。

















始まりはいつも、合図はない。
























翔陽、


 そう呼び返したかったけど、すぐまた深く口がふさがるから叶わなかった。

息する時間も惜しんでいた。

少しでも想いを伝えたかった。
どれだけ会いたかったか、どれだけ想っていたか。

3つ並んだベッドは、私たちの動きに耐え切れず、隙間が少しずつ空いた。直そうともしなかった。

翔陽が、乱暴に服を脱ぎ捨てた。

部屋が薄暗かったけれど、今朝つけた痕跡を見つけてしまって、気恥ずかしくなった。


、なんでそっち?」


翔陽は私に覆いかぶさって、視界に入ってきた。

俺、こっちだよ。

耳元から首筋にかけて、翔陽の感覚がすべっていく。

求めていても、はずかしいものははずかしい。

そう主張すると、翔陽は、がつけたのにって呟いた。

性急で、唐突に高まる熱。
ふと、カーテンが揺らめいていることで現実に引き戻される。


「しょ、」


言葉にしてないのにわかるらしい。

ベッドを離れることを、いや、翔陽から離れることを翔陽は許さなかった。話も聞いてくれない。
必死で指差した、ゆらめく、白いレースのカーテン。

声がね、声が。

出さなきゃいい。

できるならそうするけど、言いかけたところで、説明がとまる。声が、感覚が、こみあげる。
翔陽が、そう、させる。


「俺さ、


 なんで、


 


 いんのかと……、思った」


熱まじる吐息が耳元に届いてはとぎれ、離れ、近づき、また、侵入する。

深く、ふかいところに、圧迫感が押し寄せて耐えられなくなりそうだ。
声を押さえようと口元を押さえたけど、その手も翔陽に奪われてしまう。

強い感覚が押し入って、みたされる。
何度も、何度も、寸で止まり、翔陽はいつまでも私を見下ろし、見つめ続けた。

かわいい。

掠れた余裕のない声色。
何度も指でとかされ乱れた髪を鼻先で避け、顔中にやわらかな感覚が降るように落とされる。
くすぐったい。しあわせすぎて、けど逃げたくなるのはなぜだろう。それでも、追いかけてきた。翔陽が近かった。迫られ、ずっと触れては離れ、触れ続ける。

同じだけ返したいのに、体力の差か、やっぱり筋力なのか。
いつまでも注がれ、受けとめるばかりだった。もっと、ちゃんと、翔陽に。すがりつくと、もっと強く抱かれた。

沈む、みたいだった。
どこまでも翔陽に、翔陽だけに、深く。呼吸を重ね、どこまでも、集中する。


「しょ、よ……」


、いいから、もっと。……ちゃんと、俺でいっぱいに」


なってる。ぜんぶ、そう、なってる。

窓が、空いていた。

伝えても離してくれなかった。閉めてくれなきゃ、やだから。

涙目で訴えても、翔陽はいっそう眼差しが鋭くなるばかりだった。
しばらくして、やっと、わかったって、本当に理解してくれたかわからない返事をして、ちゅっと、わざとだ、音を立ててキスをした。

翔陽が離れている間に身体を起こした。

横たわったままでいるには、あられもない姿すぎて、意味はなくともシーツで身体を隠した。



。 窓、閉めた、ちゃんと」


「カーテンも、しめて。 薄いのだけじゃなくて、ちゃんと」


「わかった」



厚めのカーテンの片方を閉めただけで、部屋がますます薄暗くなった。

ベッドサイドの明かりをつけた。
思ったよりまぶしかった。

反対側にあるのも付けようとしたとき、翔陽がかぶさってきて、ライトに伸ばした指先ごと攫った。


「待っ、て、明かり……、ねえ」


訴えても、翔陽は聞いてくれなかった。

もっと、……

ちょっとだけ待って。言おうとしたことはみんな、言う前に絡めとられた。

もういいやって、いつも、そうって。

なつかしさは、愛しさでもあった。

抱きつくと、翔陽はいっしゅん動きを止めた。


……」


やわらかなオレンジ色の明かりが翔陽を照らす。
髪の毛がうすく透けて夕焼けみたいで、瞳は海に沈む太陽をおもわせた。

すきだ。

温もりが実感させてくれる。

翔陽はずっと、ずっと私を抱きしめていた。

私も同じだけ、ううん、それ以上に翔陽を抱きしめ続けた。


















、……なんで、こっち来た?」


翔陽との感覚にぼうっとひたっていると、翔陽がやさしく私を引き寄せて尋ねた。

ひと泳ぎ、いやふた往復、遠くまで泳ぎきった疲労感。それと、満ちた幸福。

それは翔陽も同じなんだろうか。

同じく、身を寄せてこたえた。



「翔陽の、誕生日を祝いにだよ」


「それは昨日聞いた。

 今日もいるって、なんで、言わなかった?」


「聞かれてないから」


すげなく答えてみたものの、すぐに正しく答え直した。


「翔陽の邪魔、したくなかったから」


翔陽は不満を隠さなかった。


は、いつもそれだな」


私は翔陽がそれを不満に思ってることをよく知っていた。

けど、翔陽はすぐ無茶するから、こっちが制御しないといけない。


「俺、無茶なんかしたことない」

「……よく言う」

「お、俺はっ、自分がすること、無茶だと思ったことない」

「そうだよ、翔陽が考えないから、代わりにこっちが考えるの」


翔陽らしい答えとはいえ、さすがにムッとして鼻先を軽くつまうと、翔陽はびくりと肩を揺らした。

すぐまた察知したのか私を引き寄せる。

近すぎてかえってしゃべりづらくないんだろうか。
不思議におもいながら、翔陽を見つめ返した。


はさ、考えすぎ。

 俺が大丈夫って言ったら大丈夫」


「私が、大丈夫じゃない」


が?」


そう、いつも、そうだ。

翔陽が悪かったことなんて、今までない。



「私が、翔陽の邪魔してる事実に、私が耐えられない」


「耐えろよ」



翔陽は逡巡なく言い切る。



「耐えて、俺のそばにいて」


「すぐ、そうやって、かんたんにさ」


「俺はのそばにいたい。 にそばにいてほしい、ずっと」


「翔陽、こっちじゃん。 私、日本」


会いたくても、会えないじゃん。


ダメだと知ってたのに、言葉が飛び出していた。

感情的だった。

逃げるように、翔陽とは反対の方に身体を傾けた。


「今の、聞かなかったことにして」

「言えよ、言っていい」

「また会えなくなるから、楽しかった思い出だけにしたい」


翔陽が私を掴んで、顔を向けさせた。



が、本気でそう思ってんなら、俺は今すぐ日本に帰ってもいい」



なに、いってるんだ。



「翔陽、ふざけないで」

「俺、本気だ」

「怒るよ?」

、俺にいてほしいんだろ、本当にそう思ってるなら」


枕を投げつけようとして、思ったより枕が重くて上手くできなかった。

翔陽に失敗をみられ、なお一層みじめな気分になりながら、滲む視界で翔陽をとらえた。



「私にっ、翔陽のバレー、邪魔させないで」



翔陽が私をなでた。やさしく。


「日本でもさ、バレーできる」

「そうじゃ、なくて」

のそばにいるためにバレーやめたりしないし、どこにいてもバレーする」

「……その、バレーするために、いまここにいるんじゃん」


日本で出来るなら、最初から外国に来たりしないだろう。

私のためにいま日本に帰ったら本末転倒だ。なにいってるんだ。

翔陽はカラッと晴れ間みたく続ける。


が、ほんとうに、そう思ってんなら、俺は帰るよ。

 別の方法、探す。バレーするために。


 ……でも、、本気で言ってないだろ。それぐらいわかる」


翔陽が指先で私の目元の涙をすくった。

なんだか、くやしい。



「本気、かもしんないじゃん。 翔陽困らせにきたのかも」

「俺、困ってないから問題ない。 がいてうれしい、すきだ!」

「す、すぐ、そうやって、話変える」

「変えたつもりないけど」


翔陽は本気でそう思っているようで、振り回される自分がバカらしくなる。

にらむと、なんてことない笑顔で翔陽は言った。


「全部ほしいって言っただろ。

 俺はが俺に想うことぜんぶ、俺に欲しい。


 ……、かわいい」


「可愛くない」


「泣かせたくないけど、泣いてるもすきだ。かわいい」


「かわいく、ない……」


「俺だけが知ってるって、すげぇいい」


よくない。よくない。よくない。

反論したいのに、なにいっても、たぶん無駄で。

翔陽にかなわないんだって事実がまた、いっそう悔しさに拍車をかけた。

苦し紛れに言った。




「翔陽はさ、こわくないの?」


「なにを?」



ずっと、思っていたことだ。

翔陽に会ったら、思い出した。



「私、翔陽といると、しあわせ。
 たぶん、こんなにしあわせにできるの、翔陽だけだと思う。

 けど、それってさ」


反対も同じことだ。


「翔陽が、こんなに私をしあわせにできるなら、

 きっと、

 誰より私をかなしませるのも、翔陽なんだ」


ここまで感情を揺さぶれるのなら、光と闇があるように、きっと、必ず、強い影を落とす。



「それがこわい」


私が傷つくのも、翔陽を傷つけるのも、どっちも、こわい。















、こわいの?」























「こわいよ……


 翔陽、こわくないの?」

















翔陽は私を引き寄せた。

試合前みたく、静かな興奮を宿していた。




















が、俺の全部みたいで、いい。

 がくれるなら、なんでもほしい。

 なんだって、全部」



















ぜんぶ……って

 私の方が足がすくむ心地だった。

















翔陽が機嫌よく、きつく私を抱きしめる。



、すきだ。

 すき。 すげーすき。 だいすきだ」


は?


屈託なく翔陽は私に尋ねた。明るく、昼間みたく、暗いところなんてないみたく。
私とえらい違い。

答え方に困ってると、すきじゃないのかよって、機嫌を損ねた様子で翔陽がさらに私を見つめた。

言葉の代わりにキスを。キス。キス。キス。


そうすると、目をぱちくりさせたのち、翔陽は満足げに微笑んで、私の名前を呼んで。



、もっと、したい。

 くれ」


断る隙なく、翔陽は私をまきこんで、深く潜った。

おぼれるなら、きっと翔陽となんだろう。

未知なるところへ、二人。


どこまでも。





next.