ハロウィーンと言えばなんだろう。
かぼちゃ。
おかし、おばけ。
トリックオアトリート?
色んなものが浮かぶけど、今年はたった一つ。
10月31日は翔陽とデートをする日。
しかも、泊まり。
これ以上のイベントなんて他になかった。
もひとつ、みっけ
「!」
駅のモニュメント前、すぐに翔陽を見つけることができた。
けど、待ち合わせ時間まで15分以上も早い。
「翔陽、なんでそんな早いの?」
「そういうは?」
「私はちょっと買い物したくて」
翔陽との旅行の前に、秋色のリップをチェックしたかった。
流行りの女優さんがキラリとつけた、大人リップ。
ハロウィーンカラーは今日までだ。
「でも、いいよ」
さっそく駅の改札に向かおうとすると、翔陽が引き留めた。
「俺も付き合う」
「せっかく会えたし」
「の買うところ見てみたい。
俺のために買うんでしょ?」
何のてらいもなく翔陽は言い切った。
「どんな顔して選ぶか見てみたい」
日向翔陽という人は、私が可愛くするのはぜんぶ自分のためだと思っている節がある。
まあ、その、あながち嘘でもない。
翔陽は正解を言い当てたとばかりに微笑んで、私の手を取り、駅のお店へと向かった。
「そういえばさ」
人混みに率先して突き進む背中に話しかける。
「翔陽は何で、「に会いたかったから!」
決まってるだろ。
至極当然、きっぱりと翔陽は口にした。
それがなんだかうれしくて、機嫌良く、こっちに口紅は売ってないよと翔陽の手を引いた。
*
「うおー、すげー! ! 川!!」
無事、欲しかった色を手に入れ、電車に揺られること1時間以上、本日の目的地がようやく見えてきた。
行き先はこじんまりとした温泉地。
遠く離れたこの場所は、さらにバスに乗って行く必要がある。
麓はまだ紅葉が残っていたけど、山深いそこは、紅葉の盛りは過ぎていた。
目当てのバス停で降りると、想像よりずっと立派な建物がみえる。
中に入ると、ちらほらと同じような旅行者の姿があった。
「、これやんない?」
「えっ」
翔陽が指さしたのが、旅行先でよく見る「顔ハメパネル」。
たぶん、この地域のゆるキャラだろう。
不思議なキャラのイラストがプリントされ、いっしょに写真が撮れるらしい。
ご丁寧に二人分の顔出し穴が用意されている。
何をモチーフにしたキャラかわからないが、一応、魔女の帽子をかぶっていたり、カボチャのおばけが飛んでいるから、ハロウィーンを意識しているようだ。
撮ろう・やめておいた方が、そんな問答をくりかえしていると、宿の人がお撮りしますよと親切に声をかけてくれた。
「、撮ろう!」
「……うん」
「そんな嫌?」
「嫌というか、なんか、はずかしい」
「かわいい!」
なんでそうなるのか。
翔陽にいちいちツッコミはいれなかった。
観念してパネルに顔をはめ込み、記念撮影をした。
翔陽がお礼を言ってスマートフォンを受けとり、撮ってもらった写真を横から覗き込む。
なかなかユーモラスな1枚になっていた。
「いいな!」
「翔陽」
「な、よく撮れてるっ」
「……私にもあとで送ってくれる?」
「もちろん!!」
撮ったら、やっぱり欲しくなる。
ツーショットは何枚合っても困らないから。
「では、そちらの出口をお使い下さい。いってらっしゃいませ」
チェックインを済ませて係の人に示されたほうへ歩き出す。
その入り口は庭園を通り抜けて、外に出られる。
受け取った鍵は私たちが泊まる部屋のものだけど、フロントのあるこの建物とは別で、この周辺一帯に並んでいる宿泊棟に移動する。
すべての宿泊先は、いわばコテージのようなものだ。
ただ、洋館ではなく、すべて日本家屋である。
敷地が広く、それぞれの建物がぽつぽつと並んでいて、この辺一帯が小さな村のようだった。
こういった風景を次世代にも残したいという意向で、現在のような宿泊施設になったそうだ。
「、すげえなあ!」
「なにが?」
「説明がプロっぽい!!」
「ぜんぶ受付の人の説明だよ」
ついでにいえば、カンペ代わりの案内所ももらっている。
それを読み上げただけだが、旅先の高揚感も手伝って、翔陽は興奮気味に褒めてくれた。
その案内図には、受付の人が私たちの泊まる建物にチェックを入れてくれている。
もうすぐだ。
ここを曲がったところにあるはず。
「、あれ! “つつじ”!!」
私たちにあてがわれた建物は、つつじの花が目印の看板だった。
周囲には同じような建物はいくつも並び、それぞれ花の名前がつけられている。
「おぉーっ、なんか人の家みたいだ!」
「ここ自体、廃村を買い取ったんだって」
「はいそん?」
「誰もいなくなった村のこと」
「へー!」
そんな話をしつつ、カードキーで扉を開けた。
日本家屋を残したと言っても、リノベーションした際にきっちり現代化してある。
「うおっ、かっけー!」
翔陽が玄関の明かりを感心した様子で見上げた。
人の気配を察知して、自動で電気が付く仕組みだ。
センサーがどこかにあるんだろう。
なかなか快適に作り直されているようだ。
建物自体は外から眺めたとおりだから、中も特別広いわけじゃない。
よくあるお宿の和室といった雰囲気だ。
縁側があって、庭と水のせせらぎが見える。
どこか懐かしい風景だった。
「ー」
荷物を整理していると、頭上から名前を呼ばれた。
ロフトのようになっているらしい。
幅の狭い階段があった。
翔陽がこっちのほうに身を乗り出して手を振ってくる。
「翔陽、危ないよ」
「だいじょーぶっ、着地できる!」
「できないよっ」
「もこっち早くっ、あ、今夜、ここで寝るんだよなっ? 布団敷く?」
なんとなく目に付いた襖を開けた。
「布団ならこっちにあるけど」
「上にもある!!」
たぶん、3人以上で泊まる場合に使うんだと思われる。
私たちは2人だから下の布団だけで十分だ。
「えーーーっ」
「……じゃあ、翔陽が上で寝て、私がこっちを使えば」
「なんで一緒にいんのに別々!? 、ほら、来いよっ、座布団あるぞ、ふかふかっ」
久しぶりの旅行だから、張り切っているのか。
翔陽が来いこいと何度も呼んでくる。
荷物整理は後にして、狭い階段に向かった。
漆塗りだろうか。
茶色い木の階段はうっかりすると靴下だと滑り落ちそうだ。
「、やっときたな!」
「あ! ぶないってば」
翔陽に勢いよく抱きつかれて、手すりを強く握った。
こんなところで二人して落ちたらしゃれにならない。
翔陽は私の注意を少しも気にせず、ぎゅうぎゅうと抱きしめたまま、ずるずると私を2階へ引きずり込んだ。
こちらも1階と同じく和室である。
座布団があって、寝具があって、それと。
「窓、あるんだ」
明かりが差していると思ったら、ちょうど正方形の窓を見つけた。
天井が余り高くないから、外をのぞける。
翔陽がパッと駆け寄った。
その隙に、さっき翔陽が身を乗り出していた辺りから、下を覗き込む。
ちょっとした秘密基地のような感覚だ。
典型的な和室なのに、こういう造りもおもしろい。
新しいイグサの匂いも落ちつく。
振り返って話しかけた。
「翔陽、何か見えた?」
「空と屋根がみえるっ」
そうだろうな。
想像通りの景色らしい。
「あッ、なに」
後ろから抱きつかれたかと思うと、そのまま翔陽に引っ張られて寄りかかるようにもたれた。
翔陽が嬉しそうに顔を覗き込む。
「、ありがとな」
唐突なお礼に面食らう。
身体を起こして、改めて翔陽と向かい合った。
「なんで?」
「こんなすごいところ、よく見つけてくれたなって!」
「あぁ……」
「のおかげだ、さんきゅ!」
たしかに、今回の手配は私がやった。
予算もこんな素敵な部屋にしては破格だと思う。
「……実は、言ってなかったんだけど」
言わなくてもいいかなと思いつつ、でも、言っておいた方がいい気もする。
なになに、と事情を知らない翔陽が言葉の続きを促した。
「噂があってね」
ネットで検索すればすぐ出てくる話だ。
隠すことでもないし、伝えることにした。
「うわさって?」
「ここ、出るんだって」
「なにが?」
「おばけ」
ハロウィーンにぴったりじゃない?
なんて冗談は言わなかった。
翔陽は金縛りにあったみたく固まっていた。
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