ラムネ色した 憐憫 11
いっけーいけいけいけいけ青城!
突然、聞こえてきた掛け声に、はびくっと肩を揺らして足を止めた。
声のする方がちょうどの向かうところ、青葉城西高校のコートに近い応援席だった。
見かけたことのある、爽やかな配色のジャージが目につく。
10月も間もなく終わる今、宮城県の代表決定戦がはじまる。
応援する人も大勢いる。
岩泉くんから聞いてなかったけど、部員の数もすごかった。
会場内は真剣さが増していて、自分は無関係だというのにぴりぴりと緊張がうつってくる。
どんな高校が来ているかもわかってないのに、なりに、今日この場にいる人たちみんながバレー部で、県代表になりに来ていることは理解できた。
人の合間をすり抜け、観客席を見渡した。
どこに座ろう。
決勝戦ではないせいか、まだ場所を選べそうだった。
前のほうが見やすそうだけど、及川くんに見つかる訳にはいかない。
及川くんのファンらしき女の子も見かけた。
準決勝、決勝より前の試合からきているなら、きっと本気で応援してきているはずだ。
は肩身が狭く、彼女たちにも気づかれないよう、後ろの、それも、ずっと端っこの席を選んだ。
念のため、双眼鏡も持ってきているから、試合を見るのに不自由しないだろう。
コートの中では色んな人たちがせわしなく練習をしている。
コートの位置の入れ替え?もあって、及川くんかなとそれらしき人物を確認しようにもすぐまた見失った。
岩泉くんからは試合には二人とも出ていると教えてもらっていたから、慌てはしなかった。
試合さえ始まれば青城のコートのなかは6人、すぐ見つけられるはずだ。
及川くん……、もし、見に来たの知ったら、怒るかな。
いつかの青城に遊びに行った時のことを思い出す。
高1の時に見学した交流試合では、結局、及川くんがバレーしているのは見る前に、の方が及川に見つかった。
及川くんは“セッター”だそうだ。
セッターとは、トスをあげる役目の選手のこと。
岩泉くんは“ウイングスパイカー”。
覚えたばかりの用語はいまいち自分の中で理解しきれていないけど、ルールは覚えた。
ボールを落とした方が負ける。
とてもシンプル。
は自分のメモを満足げに眺め、カバンの中にしまった。
これさえわかっていれば、試合の進行も理解できる。
あとは2セット取った方が勝つ。
わからなくなったら得点を確認すればいい。
ともかく相手コートにボールを落として、相手が拾えなければいい。
がんばれニッポン、なんて、テレビでやっていたバレーの試合をもう少し真剣に見ておけばよかったと後悔したけど、今さらだった。
これから及川くんたちのバレーが見られる。
それで十分。
“なんでいる、”
“バレー興味ないだろ”
“帰れよ”
“怖いところだって、だから来るなって”
“は、なんにもしらなくていい”
試合開始を待っているだけなのに、のなかで、唯一の声がひびく。
たくさんのざわめきのなか、ボールやコートの音を全身で浴び続けているのに、揺らぎなく、その声は届いた。
コートの中の練習が一通り終わる。
始まりに向けて景色がうつっていく。
誰もいないコートは、いつか見た体育館と同じだった。
ここは、……ほんとうに怖いところ、なんだろうか。
バレーのことは知らないけど、及川くんがずっと“バレー”をしてきているのは知っていた。
バレーボール。
自分にとって数あるスポーツの一つでしかない。
でも、及川くんにとってはどうだろう。
今見える“この場所”は、どんなところだろう。
は知らなくていいって言うけど、知りたいって思ってしまう。
せめて、覗くくらい許してほしい。
でも、自分の欲求よりも、及川くんがどう思うか、そっちの方がずっと気になった。
はぁーー、とが長く深呼吸する内に、選手がコートに入っていく。
その時ようやく、ああ、及川くんだ、も確信した。
「ちゃん、これ」
「はーいっ」
いつも通りのお店番、昨日は交代してもらったからもはりきっていた。
「いいことあった?」
お客さんに指摘され、のおつりを手渡す指先が一瞬だけとまったが、すぐまた通常運転に戻った。
は首を横に振った。
とくになにも。
無難な返答に笑顔を添えると、相手も笑みを浮かべて店を後にした。
ちょうどトラックが店の前を通っていった。
今度向こうのお店だった建物をこわして、アパートを建てるそうだ。
そうしたら、お客さんも増えて、このお店も続けていこうって大人たちは気が変わるんだろうか。
10月も残り少ないカレンダーを眺めつつ、は貰い物の来年のカレンダーを引っ張り出した。
このカレンダーをかける頃、“春高”が始まる。
全国って……テレビ放送してくれるのかな。
昨日の試合、すごかった。
2セット共に青城が勝った。
相手チームもすごいんだろうけど、及川くんと岩泉くんのいるチームの方が上だった。
本当は今日も見に行こうかと思ったけど、せっかくお店を手伝える日は手伝っておきたい。
受験勉強を優先しろって言われ続け、チャンスは段々減っていた。
だったら、と、決勝戦を見に行くことにした。
今日は準決勝までと聞いているし、どうせなら“宿敵”とやっているところを見てみたい。
まさか、あの“ごーこん”をした白鳥沢がバレーも強いとは知らなかった。
どんな試合になるんだろう。
時折そんなことを考えつつ、はお店の手伝いをやりきった。
家に帰ってから公式ホームページをチェックすると、青葉城西高校が負けていた。
勝ったのは烏野高校。
どこ、それ。
「……え、と」
何回見ても勝敗は覆らない。
負けたのは、青葉城西高校。
負けたってことは、明日の試合はないってことだ。
そっか。
そうか。
そうなんだ。
背筋がそわっと冷たくなって、だからといって自分にできることは何一つない。
ただ、明日は試合を見に行かなくてよくなった。
知らない学校同士が県代表の座を争うことになる。
及川くんと岩泉くん。
二人のバレーは見られない。
は部屋を出て、明日もお店出ようかなと告げると、勉強してなさいと親に諭された。
でも、手につかなそうだった。
次の週、岩泉くんだけお店にやってきた。
寒くなってきたね、と当たり障りのない会話を交わし、岩泉くんはアイスを選んだ。
寒いのに?ってお勘定をする時に呟くと、さっきまで練習だったと答えが返ってきた。
そっか。
も短く返事をして、いつもと変わらない態度でお店に立った。
「じゃあな、」
「うん、またね」
同じやり取り。
時々、この記憶は今日のじゃなくて、過去のものかと勘違いしそうなほど、繰り返してきたやりとりだった。
けど、違った。
同じなんかじゃなかった。
「ねえっ!」
が声をかけると、岩泉は戸を引くのを途中でやめて振り返った。
「あいつなら「じゃなくて!」
が呼び留めたのは、及川のことを尋ねたかったわけじゃない。
「髪、切ったかなって」
「あぁ……」
「なんか、すごく短くしたなって。
……それだけ!」
が短く締めくくって片手を振る。
「じゃあ、その、ばいばい」
「おかしいか?」
岩泉が後ろ髪をわしゃっと片手で撫で上げた。
「ぜんぜん」
「イメージチェンジ、……ってやつだ」
「いいと思う」
が笑みを作ると、つられて岩泉もほんの少し表情を緩めたようにみえた。
戸を開け、いつもと同じく去っていく。
冷たい風が入り込み、またしばらくすると店内は静かになった。
岩泉くん、大学でもバレーするのかな。
考えてみれば、高校3年だったら早いところだととっくに部活を引退している。
年明けの春高だって、受験勉強を考えたらけっこう不利だ。
人の心配はしてられないけど、及川くんはどうするんだろう。
推薦……、いっぱい来るのかな。
春高……
なくなったから、イブに出かけられる、なんて考えることはできず、ただ、及川が何をしているかは気になった。
岩泉と違って顔を出してくれなかった。
11月も模試もあれば、学校のテストもあるだろう。
もし推薦だったら、面接試験が早めにあるかもしれない。
自身も学校のことが忙しくなり、店に出られない日もまた増えた。
店に来るたび期待して、お店を閉めるころにガッカリする。
そんなことを繰り返すうちに、12月が早足でやってきた。来なくていいのに。
年明けの予定もすでに埋まっているイブの前日、『明日行くから』と及川くんからメールが届いた。
next.