ラムネ色した 憐憫 6
悩みに悩んで決めたデートコース。
は、結局、定番の遊園地を選んだ。
といっても、1日パスポートのいる本格的なものじゃない。
大きな商業施設に併設されたタイプで、乗り物に応じて回数券をつかっていく。
の手元には、もらいもののチケット10枚がある。
今ある分でよければ、一人5枚使えるわけで、足りなければあとからチケットを追加購入すればいい。
もし及川くんの好みに合わなければ、アトラクションはやめて、そばにあるお店をみてすぐ帰ることもできる。
時間に制限されず、自由に行動できるメリットを考え、はこの場所を選んだ。
これだけいろんなものがあれば、及川の好みに引っかかるものが一つくらいあるだろう。
二人の住んでいる場所から少し離れているが、その分、近場よりお互いの知り合いにばったり会う確率も低いはずだ。
この前みたく“徹”なんて呼ぶ人が現れる可能性を考慮した。
なんてったって、今日は。
ん?
は待ち合わせ場所に早めに来て立っていたが、周囲を見回した。
いま、なにか、音がしなかっただろうか。
さっきからこう、感じる。
霊感はないつもりだが、なんか、そわっとする。
気のせい……かな。
があまりに辺りをキョロキョロするせいで、まったく関係ない、同じく待ち人らしき男の人と目が合ってしまった。
紛らわしくてすみません、と声を出さずには視線をそらした。
『んん?』
また、やっぱりコンコン、とノックのような音がする。
どこだろう。
振り返れば、ガラスの向こう、コーヒーチェーン店のなかに待ち人=及川徹がにこやかにへ手を振っているのだった。
『いつ気づくかと思ったら、にしては早かったね』
が買ってきたばかりのドリンクを及川の座る席の隣に置いて、椅子を引いた。
『なんでもっと早く声かけてくんないの』
は少し高めの椅子に腰かけ、ガラスの向こうすぐ、自分のずっと立っていた場所から、店内の及川へ視線を移した。
デート当日、待ち合わせ場所、コーヒーチェーン店の前。
はガラス一枚向こうの外側で、そのすぐ後ろ、お店の中で及川はずっと待ち合わせ場所にいた。
はそのことに気づかず、相手はばっちりに気づいた状態で。
及川くんこないなーなんてはのん気に立っていたのに、当の本人はここでコーヒーを飲んでいた。
『ふつーさ、こんな寒い日に、待ち合わせ場所がこーいう店なら中にいるかもって考えるんじゃない?』
及川くんはまだ笑い足りないのか、くすくすと申し訳程度に抑えつつも隠す気はなさそうに笑い交じりに言った。
は椅子から落ちそうになっているコートを引っ張りあげつつ、答えた。
『お店の“前”に3時ってメールに……、先に着いてるなら着いてるって言ってくれれば』
『いいじゃん、遅刻した訳じゃないし、15分前行動えらいよ』
『ずっといたの!?』
『どうだろうね』
及川くんはカップを手に取った。
は余裕綽々にみえる及川相手に口で勝てる気もせず、同じく買ったばかりのドリンクを持とうとした、が、熱くて断念した。
『、なに頼んだの』
『あれ!』
お店のレジ付近にでかでかと飾られている商品のポスター、2つあるうちの赤い方を指差した。
明日までの限定商品、クリスマスメニューは、手書き風のアルファベットとおしゃれなカタカナで商品名が書かれていた。
『ふぅん……』
『及川くんは?』
『ん』
『ん?』
へと差し出されたカップ。
中身は半分ほどに減っている。
『飲んでみれば?』
え。
『当てたらごほうびあげるよ』
ごほうび。
ならば、とカップに口をつけた時だ。
『ただし、トッピングまでぜんぶ、商品名も正確に』
あ、後だし、ずるい。
もう飲んじゃったのに。
『外れたら罰ゲームも『そーいうの先に!』
『へー、今日、口紅付けてんだ、いいじゃん』
ぐぐっと近づいた及川との距離に、は金縛りにあったみたく固まった。
その手から及川は自分のカップを取り、自身も中身を味わった。
『で、、答えは?』
促されても、いまの距離感で味なんか忘れてしまった。
は、答えがわからぬまま黒板前に立たされた心境で、ブレンドコーヒーとミルクと答えた。
正解は、ソイミルクとオーガニックの砂糖も少し入っている、だそうで、罰ゲームとして、が買った新商品は、が口付ける前に及川が味見することになった。
感想は甘すぎる、だそうだ。
『さっ、あったまったことだし、遊ぶよ! どっから行く?』
コートを着こなして先を歩く及川くん。
店内にいた時から思っていたけど、なんか、目立つ。
『なんだよ、じろじろこっち見て。いくら俺がかっこいいからって見すぎると『み、みてない!』
思いのほか大きな声が出てしまい、及川くんを見ていた(っぽい)女の人たちがのほうに注目し、すぐまた歩き去っていった。
前は緊張しすぎて気づけなかったけど、及川が周囲の視線を集めるようだった。
まして、今日は。
『、行くよ』
『!』
『のペースに合わせてたら遊べなくなる、まずは、そうだ、あれ乗ろう!!』
行き先よりも、及川がの視界を埋める。
お店であたたまっていたからか、及川くんの手が自分より冷たく感じられた。
『、なに今さら逃げようとしてんの』
『に、逃げてなんか』
絶叫が思いのほか聞こえてくるから、ちょっと怖そうだなあ、なんて途中退場できる階段を一応確認しただけだ。
この遊園地の目玉のスプラッシュジェットコースターは、メイン広場のプールへと最後突っ込んでいき、水しぶきがすごく飛び広がるほどの勢いで落ちていく。
夏にぴったりでも、こんな寒い冬空の下、太陽が出ているわけでもないのに乗るものじゃないんじゃ、とは及び腰になっていた。
『レインコートも買ったし、ほら、前進んだ』
の有無は言わさず、及川の手はをがっちりと捕まえていた。
『及川くん、怖くないの?』
また次の乗客からの悲鳴がきこえてくる。
子どもだけじゃなかった。
及川くんは視線を変えずに答えた。
『このくらいなんでもないね』
『そっか』
考えてみれば、ここの遊園地で一番迫力があるのがこのジェットコースターだけど、及川くんには物足りないかもしれない。
なぜか及川の手に力が込められた。
はすかさず答えた。
『逃げないよ』
及川くんを置いて自分だけジェットコースターを下で眺めている、なんてことはするつもりない。
『今日は、私がお願いしたデート、だしね』
その瞬間、及川くんが階段を一つ踏み外した。ら、及川は子どもっぽく階段に毒づいて、とばっちりでも文句を言われた。
ジェットコースターは、思っていたより楽しかった。
もう一回乗ってもいいなって思いつつ、たちは出口のゲートを通り抜けた。
いくつかジェットコースター系の乗り物をこなし、さて、次はとアトラクションマップを眺めていると、及川くんが何かピンと来たらしく、またの手を引いた。
最初は手を繋がれるたび、はドキドキしていたものの、次第にそうはならなくなったのは、自分と同じく大人に引きづられている子どもを見かけたからだった。
たぶん、及川にとって自分はそういう存在なんだろう。
視線をずらせば、腕を組む男女。
アトラクションよりも買い物袋を引っ提げて、日が落ちるにつれてイルミネーションは増えていくのに、煌びやかなそれらより、互いしか見えてない。
自分たちは“そういう”んじゃない。
今日が、及川くんの都合で流れに流れた末のクリスマスイブだとしても、二人の関係を変えてくれる魔法にはならない。
『あー、待ちなさい!!』
たちの向かいから走ってきた女の子を父親が追っかけていく。
転びかけたところを、お父さんが抱きかかえていた。
『?』
及川が、怪訝そうな眼差しをに送る。
はすぐ前を向いてとなりに並んだ。
『なんでもない』
の答えを追求することなく、及川はどこかに向かった。つないだ手は離さないで。
next.