ハニーチ





ラムネ色した 憐憫 7







『ゲーム、センター?』


及川がを連れてきたのは、レトロゲームが並ぶエリアだった。

懐かしのアーケードゲームがそこら中に並び、それぞれの機械からは、うるさいくらいの音楽が互いに競り合うように流れ出ている。

向こうではコインをじゃらじゃらと交換している子どもたちもいる。
逆に景品と交換している人もいて、それなりに盛り上がっていた。

ぽかんと眺めているのそばで、及川くんがコインを交換した。


『さーて、どれからやろうか』

『こういうの、好きだったんだ』


がぽつりとこぼすと、及川は口端を上げるだけで好きとも嫌いとも言わなかった。


、勝負しよう。まずはこれ』


エアホッケー。

大きな台の上、小さな円盤を互いのゴールめがけて行き来させるゲーム。

及川くんが向こう側に立ち、コインを入れると、側からすとん、と円盤が落ちてきた。

お互いに器具を片手に持つ。


『おぉーしっ、、来い!』


及川くんだ。

いつもの、の知る及川徹。

ジェットコースターに乗ってるときも、他の乗り物のときも、いや、順番待ちしている時も、この及川徹だった。

コーヒーを飲んでいる時、黙っていると、ちょっと違う雰囲気に見えなくもない。
でも、のほうに向き直った時は、いつだっての知る顔だった。

何かを変えたくて今日この場を取り持った気でいたけど、やっぱり自分たちは何も変わらないのかもしれない。


『なにぼんやりしてんだよ、早く!』

『う、うんっ』


が、えい、と円盤に器具をぶつけてみたものの、力が上手く当たらなかったせいか、左右に行き来した結果、中央付近で円盤がとまってしまった。


『下手くそ』


及川くんが笑って言う。

その余裕さがの中でちょっとだけ引っかかっる。
思い切って器具を円盤めがけて投げてみれば、見事に真っ直ぐストレート、及川のゴールに円盤は吸い込まれていった。

機械がファンファーレを鳴らし、の方にポイントが入る。

唖然とした様子の及川くん、が黙って笑顔を返す。


『……、やったな』

『勝負なんでしょう?』


が少しだけ自慢げに返すと、すぐさま及川が勢いよく円盤を左側にぶつけた。
力が強すぎたせいで、側に進むというより左右をすばやく行き来する。

結果、また及川のゴールに円盤は飛び込んだ。






『ねえ、私の勝ちだよね?』

『まぐれだけどな』

『最後、オウンゴールだったもんね』

『手元が滑ったんだよ!』


が2点先取、そのあと、お互いに交互に点を取り合ったラスト、及川が気合いを入れた一打がこれまた滑って自滅点が入った。


『次、どれやる?』

が決めればいいだろ、勝ったんだし』

『じゃあ、あれ!』


くるくると動くバスケットボール。

制限時間が決められていて、徐々にボールが通り抜ける輪っかを邪魔したり、回転したりする。


『いいだろう、今度は俺が勝つ』


自信満々の及川くん、実際けっこうイイ感じに得点を上げていった。


『どーだ、、上手いだろ』

『まだ続いてるよ』


レベルアップ、一定の得点に行くとボーナスタイムが付与される。

この後半戦で入れた得点が大きく反映されるため、最終的にの得点が及川のそれを上回った。


『なんでだよ!』

『へへ』


要領がいいとはよく言われる。
というか、及川が先にやってくれたおかげで、どこを注意すべきかは学べただけだったが、及川の方は不服そうだった。
ちょっと、おもしろい。


『ねえ、私が2回勝ったから『勝負はまだ終わってない!』


はりきって進む及川くん。
次の勝負はこれだと元気よくアーケードの並ぶほうへと突き進んだ。

それがなんだか楽しかった。

途中から勝負も忘れて、謎の生命体から地球を一緒に守ってみたり、バイクにまたがっていろんなお届け物を配達したり、モグラたたきで白熱したり、気づけば外が真っ暗になるほど夢中になっていた。



『さっきさ』


夕ご飯、ちょうど空いていた洋食屋で、がクリームスパゲッティの最後の一口を頬張った時だった。


『“2回勝ったから”って、、何言おうとしてたんだよ』


覚えてたんだ。

はもぐもぐとを飲み込んでから、ちらりと視線を外に向けた。

及川もの見る方を追いかけた。


『せっかくだから、乗りたいなって。

 その、……観覧車』


今はクリスマスシーズンで、特別なゴンドラも用意されている。

もし乗れたら夢みたいだと思っていた。

いつものじゃなく、こう、何か、変えられそうなロマンチックさ。


『へーえ、少女趣味だね』

『うん……』


そう、言われると思っていた。


『だから、いいよ』


乗らなくていい。

勝ったから一緒に乗って。
そう言いたかったけど、もう十分だった。


『夜も遅いし』

『いいよ』


その“いい”は、のそれと異なっている気がした。

え、っと、今の『いいよ』って……


、食べ終わった?』

『あ、ご、ごちそうさまでした』


及川の方が先に食べ終わっていたし、すぐ立ち上がった。

も慌てて荷物やコートを手にすると、ゆっくりでいいと及川が言った。


『外寒いからちゃんと着ろよ』

『う、ん……及川くんも』

『俺は大丈夫』


コートのボタンを留めないで、先にきらめく外へと及川くんは出ていった。







食事をしたところから見えていた観覧車までは、思ったより行きづらいルートだった。

イルミネーションを目立たせるために、外灯が思ったより暗いせいか、どこの道がどう繋がっているかわかりづらい。

子供向けの乗り物が多いエリアから離れていて、どちらかといえばムーディーな雰囲気だ。
そういえば、レストランを探した時も、こちら側の方がアルコールを出す店が多かった。




『あ』


気づけば先を歩く及川との距離が離れていた。

が走って追いつくと、呆れた声で及川に言われた。


『高校生にもなって迷子になる気?』

『き、気をつける』

『ん』


差し出された手。

デジャヴ。

去年の“今日”のことが思い返された。


『行かないの?』

『い、行く!』


ほら、正解だった。

が及川の手に自分のを重ねると、がっちりと握り返された。

知っているようで知らない、及川くんの横顔。










『足元にお気をつけてお乗りください。いってらっしゃーい』


サンタ帽をかぶったお兄さんが明るく手を振って見送ってくれた。

観覧車の順番は思ったよりすぐ回ってきた。

1週まわるのに10分以上かかるせいか、ここに来るまでの道のりが分かりづらかったせいか、子供向けの小さなほうが人気があるのか。

全部ひっくるめての人気なのか、乗り場についてしまえばすぐだった。


『そうじゃなくてさ』

『へ』

『来る途中のベンチに、けっこー人がいたの、気づかなかった?』


向かいに座る及川くんが肘をついてをみた。

問いかけには首を横に振る。


『あれ、観覧車に行くまでに盛り上がってたんだよ』


なる、ほど。

カップル向けのゴンドラも用意されていたから、クリスマスイブこそ混むと思っていた。
途中のイルミネーションや雰囲気のある噴水で脱落?した人たちも多かったということか。


『……でも、もったいないね』


二人の乗ったゴンドラがゆっくりと上昇していく。


『なにが?』


のつぶやきに及川くんが反応した。

特別なゴンドラには当たらなかったけど、音楽が流れ出す。


『きれいだから』


今日、及川といっしょに回ったアトラクションやいろんなお店が地上のどこかしこで輝いている。


『好きな人とこんなきれいな景色見ないの、もったいないよ』

『好きな人?』


……及川くんは、なんでそこ、つっこむかな。

は窓に手を当てたまま動けなくなる。

音楽が真っ赤な鼻のトナカイに移り替わった。
きっと通常のゴンドラはファミリー向けなんだろう。
ずっと有名なクリスマスソングがかかっている。

はどぎまぎと下の方のゴンドラを覗き込んだ。

特別バージョン、恋人たちのクリスマスだったか、そんな名前がついていた。


『ねえ、あのゴンドラさ』

『お詫びのデート、はどうだった?』


及川の問いかけは止まなかった。

は話を切り替えようとしたのに、かなわなかった。

どんどんとゴンドラは高い位置に上がっていく。



『そ、……いう、及川くんは、どうだったの?』



の温度で、ガラスが曇る。


『そういうことはさ、こっちを見て言うべきじゃない?』


ゴンドラが揺れる。

何かと思えば、向かいに座っていた及川がの方に動いたからだ。

大きな揺れではないものの、ゆらり、どうしたってバランスは傾く。

及川はのとなりに座った。


『俺なら、相手の目を見て言うね』


及川が足を組むと、その膝がの足にふれた。




next.